産学連携とは、大学を始めとした教育機関と民間企業が連携し、研究開発を経済活動に結びつける取り組みだ。2006年に制定された教育基本法では、研究結果の社会還元が大学の命題の1つとして盛り込まれ、国を挙げて産学連携を推奨している。
産学連携のモデルケースとして面白い取り組みをしているのが、ゲームアプリ開発のアミューズエンターテインメント(東京・千代田区)だ。専門学生を巻き込んだ秘密合宿を行っているという。その名も「斉藤塾」。同社・斉藤隼人社長に話を聞いた。
▼前回記事▼
専門学生と2週間の缶詰合宿!なにをやっていた?
―アミューズエンターテインメント社が行っていた産学連携とはどういった取り組みだったのでしょうか。
前回ご紹介しましたが、私は23歳頃から会社を経営する傍ら、専門学校で外部講師を務めていました。
1年生から2年生になる春休みに、事務所に学生を連れてきて、2月末から3月中旬までの2週間ほど合宿を行っていました。学生には、2週間という期間で1人でも開発をバリバリ行えるような技術を教え、4月からまた学校に通う、というものでした。実際に4月までにゲームアプリをストアにリリースしてもらうのが目的です。
「斉藤塾」と呼んでいました。
斉藤塾の様子
―無料で学生に技術を教えていたのでしょうか。
それでは産学連携とは言いません。弊社にもメリットはありました。
学生は、合宿中にゲームアプリを開発することで、就職活動の際、作品を見せることができ、良い起業に就職することができます。
一方、当社としても3月から4月が繁忙期でした。ちょうど、企業の広告予算消化の時期です。広告代理店から、クライアントの広告を導入できるゲームを増やして欲しいという依頼が大量にあり、人が足りない。そこで学生にもゲームアプリ開発を手伝ってもらうことを目的に、合宿を行っていました。
―学生・企業の利害が一致していたのですね。
学生は技術を学べるし、見せられる作品があると就職活動が有利に働く。紙媒体のポートフォリオと比べても、効果は高いです。
当社としても、人的リソースを抑えて開発ができました。バイト代を支払い、宿泊や食費などは無償で提供していました。公開したアプリの収益は、学生と当社で折半していたので、今でも楽しかったと言ってくれます。
―これまで「斉藤塾」に参加した生徒は人数を教えてください。
1シーズン、最大で6人と決めていましたので、5年で30人弱ほどです。
この合宿経由でも50本以上のゲームを制作したのではないでしょうか。
―選ばれる6人とは、どういった学生だったのでしょうか。
優秀な学生のなかで、私が話していて「疲れない学生」を1人選びます。
そして、その学生に誰が良いかを相談します。そこから候補を何人か選び、話し合いの中で調整して決めていました。あくまで最終決定するのはその学生になります。
―「疲れない学生」の定義について教えてください。
単純にコミュニケーションが取れる学生です。
どんなに技術力が高くても、まともにコミュニケーションができなければ選びませんでした。それほどに、この業界でもコミュニケーション能力は重要なポイントです。
―「斉藤塾」の2週間は、どういったスケジュールだったのでしょうか。
皆事務所に泊まり込みで、寝袋で寝ていました。
好きな時間に寝て、好きな時間に起きる。好きな時間にプログラムを書いて、好きな時間に遊ぶといったものです。
寝袋で泊まり込みの共同生活
シャワーボックスも事務所内に設置して、居心地の良い環境だったと思います。はたから見るとブラック企業に見えるかもしれません。ただ当社からタスクを振ることや、仕事を強制することは一切ありませんでした。
ゲームを作るのが本当に好きなクリエイターと、楽しめる環境を作りたかったんですよね。
専門学校だけではゲームを作れない?
―学生にとっても新鮮な体験ですね。
高いモチベーションの学生同士で寝食を共にすると、お互いの熱に当てられ、切磋琢磨する環境が生まれます。私も学生の手前、恥をかけないので一生懸命取り組みます。
専門学校に通っているだけではゲームを作れないことは知っていますか?
作れるようになるのはほんの一握りの学生だけで、長期休暇になると皆遊んでしまうんですよね。当然、学校ではプログラミングをはじめとした基礎的な技術を学ぶのですが、教科書だけでは単純なシューティングゲームなどしか作ることができません。
―そういったなかでは春休みに行う「斉藤塾」は、かなり意味がありますね。
エンジニアが一番育つタイミングは「自分が作りたいものを作っているとき」です。
教科書の内容を写経しているときではありません。自分が得た知識をどうやって形にしていくのかを考え、技術を応用するときに力がついてきます。
―以前の取材の中で、斉藤社長が初めてゲームを作ったときのエピソードが印象的でした。自分で作ったゲームを友達に遊んでもらうことがとても楽しかったと。合宿に参加した学生にもそういったことを伝えていたのでしょうか。
実際に言葉で伝えたことはありません。
しかし、学生もゲームを作るなかで気付いていたと思います。
合宿では、学生を3チームに分けてゲームを制作します。
最後の時期には、お互いのチームがそれぞれのゲームで遊びます。そのとき、皆楽しそうに感想を言い合う。
遊ぶ人を意識してゲームを作る、という認識が自然に生まれていました。
学生から刺激を受ける合宿生活
―合宿生活のなかで、斉藤社長が学生から影響を受けたこともあったのでしょうか。
正直焦ることが多かったです。
学生からの質問に対して答えられないとプロ失格ですから。
いつも学生に対して、「トレンドを調べろ」と言っていたので、私自身も情報収集などを必死に行います。良い刺激でした。
―合宿の中でトラブルなどはなかったのでしょうか。
全くありませんでした。
学生の親にも承諾を得て参加していたので、トラブルはなかったです。
毎年、合宿に参加する学生には事前に面談を行い、「親に感謝して、合宿に参加する目的を親に伝えて、説得してから参加しなさい」と伝えていました。
そして、合宿の最後には自分で制作したゲームのキャプチャ画像を、親に送るようにしていました。すると親も喜ぶ。ご飯を作りに、生徒の母親が事務所に来たこともありました。元々、家族関係が悪かった家庭も、一旦離れることで仲良くなったりする。見ていても変化が面白かったですよ。
―現在も「斉藤塾」は行っているのですか。
現在は諸事情もあり行っていません。
精力的に、学生とゲームを開発していたのは、2015年くらいまでです。
―今後、「斉藤塾」が復活することはあるのでしょうか。
可能性は十分にありますね。
1回移転した関係で、1つ前にいた事務所は、クライアントのオフィスを間借したものでした。
そこでは学生は呼びづらかった。周りがスーツを着ているのに、我々だけ寝袋に包まっていたら違和感ありますよね。
現在は秋葉原に事務所を借りているので、もう一度学生やOBと交流できる場にしたいと思っています。
実は今でも、土日はこの事務所でクライアントと遊んだり、プロジェクターで映画を見たりと事務所を開放しています。
再び学生たちを巻き込んで、産学連携に取り組むのも面白いと思います。