日経新聞を読んでいない君でも、日本製鉄による米USスチールの買収をバイデン前アメリカ大統領が阻止する動きに出たことは知っていますよね。日本製鉄がアメリカ大統領を訴え、さらにキャラ濃い目のアメリカのライバル企業トップが記者会見で日本をディスるなど、目が離せない展開になっています。しかし、この買収劇の文脈や重要性にピンときてない人も多いのでは。

今回は、2025年の経済ニュースの大きなトピックになりそうな日本製鉄のM&A(合併・買収)について、大事なポイントを押さえていきましょう。

日本製鉄

画像=PIXTA

日本製鉄×USスチール、何が起きたのか

まずは、これまでの経緯をおさらいします。

アメリカのUSスチールは1901年創業、かつては世界最大の鉄鋼メーカーでした。しかし、海外からの安い鋼材の流入などにより競争力を失い業績は低迷。身売りを含めた経営の見直しを迫られ、2024年12月に日本製鉄が141億ドル(約2兆円)で買収することに合意しました。その後、アメリカの対米外国投資委員会(CFIUS)がこの買収は安全保障条の問題がないか審査していましたがまとまらず、判断を委ねられたバイデン米大統領が買収計画に禁止命令を出しました。これに対して日本製鉄とUSスチールは反発、大統領令の無効を求めて提訴しました。

さらに、買収に名乗りを上げていたものの2023年の入札で日本製鉄に競り負けていたアメリカ2位の鉄鋼会社、クリーブランド・クリフスのCEOが会見して「日本は中国よりも悪い」と日本製鉄を猛烈に非難する場面もありました。

なぜ買収するのか

2023年の粗鋼生産量(鉄の生産量)のランキングでは、日本製鉄は世界4位、USスチールは24位で、買収が成立すれば世界3位の巨大製鉄会社が誕生する予定でした。

日本製鉄にとって、USスチールの買収は成長戦略上必要なものでした。戦後復興と高度経済成長を経て建設や自動車など国内の基本的な鉄の需要が一巡したため、近年はアジアに成長市場を求めるようになっていました。

しかし、そこで課題になったのが中国でした。中国の鉄鋼業は1990年台頃から急成長し、世界の粗鋼生産の半分を占めるまでになりました。そうした中で出てきたのが、「中国が鉄を作りすぎる」問題です。中国は毎年大量に鋼材を作るわけですが、国内の景気低迷などにより需要が低迷すると、作った鉄がアジアに流出します。すると、鋼材が値崩れしてしまう。経済成長の途上にあるアジアには鉄の需要もあるわけですが、価格が下がり過ぎれば儲けが出ません。中国の安い鋼材は日本製鉄の悩みのタネでした。

一方、これに対してアメリカは、保護主義的な政策によってアメリカ国内の鉄鋼産業を保護する傾向を強めてきたため、中国の安い鋼材の影響を受けにくい。さらに、EV(電気自動車)が成長しており、自動車用の高性能な鋼材の需要の拡大も見込まれています。海外企業が参入するのは難しい市場ですが、日本製鉄は買収によってUSスチールを傘下に置くことで、米国の成長市場にアクセスできるようになるわけです。

またUSスチールが持つ電炉も日本製鉄にとっては魅力です。電炉は鉄のスクラップを電気の熱で溶かして鋼材をつくるものですね。従来の鉄鋼業は、高炉で鉄鉱石から鉄を作るのですが、大量の二酸化炭素を排出するため、脱炭素の動きの中で見直しを迫られています。そういう文脈でもUSスチールの買収はメリットがあるようです。

USスチールにとっても、日本製鉄による買収は生き残りに欠かせません。日本製鉄は買収の条件としてUSスチールの雇用維持や設備投資を行う計画で、買収を機会に競争力の立て直しを進める腹づもりでした。

なぜ買収できなかった?

国家安全保障上の懸念。これが2025年1月にバイデン前大統領が買収の禁止命令を出した理由でした。しかし、同盟国である日本企業による買収が安保上の懸念になるのかは疑問が残ります。

より現実的に大きく作用したと考えられるのは、2024年のアメリカ大統領選挙でしょう。USスチールの本社があるペンシルべニア州は大統領選の行方を左右する「激戦州」です。この激戦州を攻略する上で、労働組合である全米鉄鋼労働組合(USW)の支持獲得は欠かせません。バイデン前大統領は、当初から日本製鉄による買収に反対の立場を示していたUSW意向を汲み、買収反対の立場をとったのではないかとみられています。日本製鉄の森高弘・日本製鉄副会長は2025年1月15日に米紙『ウォール・ストリート・ジャーナル』に寄稿した記事の中で、「バイデン氏があらかじめ決められていた政治的目的を達成するために手続きをねじ曲げたとわれわれは考えている」と非難しています。

これからどうなる?

バイデン前大統領の買収阻止に対して日本製鉄、USスチールは強く反発し、大統領の禁止命令の無を求めてバイデン氏とCFIUSを提訴するという異例の展開に発展しています。報道されている専門家の見立てでは大統領令を無効とすることは容易ではないという意見が多いようです。トランプ大統領は以前からこの買収に反対する立場でしたが、今後はどうなるでしょうか。

 
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