明治神宮外苑の再開発で何が問題になっているのか、おさらいしておきます
「日経新聞くらい読めよ」社会人なら誰もが一度は言われたセリフです。そりゃ、客先で経済ニュースを語れるとかっこいいですもんね。でも、「だって、みんな読んでないしな…」と、何となく済ませている人も多いのではないでしょうか。それでは、心許ないので最低限に知っておいて欲しいニュースを、経済誌の現役記者・編集者がこれ以上ないくらいにわかりやすく解説します。
今回は、再開発で揺れる明治神宮外苑について、経緯を詳しく解説します。
日経新聞を読まない君でも、いちょう並木でお馴染みの明治神宮外苑地区の再開発が話題になっているのは知っていますよね。すでに2023年3月から神宮第2球場の解体工事が始まっていますが、音楽家の故・坂本龍一さんが生前に再開発の見直しを求め、作家の村上春樹さんが開発に反対の意思を表明、歌手の桑田佳祐さんも再開発に批判的な思いを歌詞につづるなど、今年に入り、大物文化人が次々と反対の意思を表示しています。開発の見直しを求める署名運動は22万筆を超えました。この問題、なぜこれほどまでに話題になっているのでしょうか。話について来れていない人のために、これまでのポイントを押さえていきます。
まずは再開発のいきさつから。この地域はもともと青山練兵場があった場所で、1912年の明治天皇崩御後に明治神宮外苑として整備されました。1926年には日本初の風致地区に指定されています。「風致」つまり自然環境に恵まれた景観を守る地区として、都の条例によって建物の高さ制限などが設けられ、過度な開発から逃れてきました。
こうして100年にわたり、都内一等地ながら緑あふれる癒しスポットとして愛されてきたわけですが、2013年に状況が変わります。東京五輪の開催地になることが決まり、五輪会場として国立競技場を建て替えるために地域の建築規制が緩和されることに。これを機に一体の大再開発計画が持ち上がりました。
再開発計画の主体は、デベロッパー大手の三井不動産、明治神宮、日本スポーツ振興センター、そして区域内に本社ビルがある総合商社の伊藤忠商事です。神宮球場と秩父宮ラグビー場の建て替え、ホテルの建設、2棟の高層ビルの建設、伊藤忠の本社建て替えなどのほか、芝生広場やオープンスペースを確保するなど盛りだくさんの内容が計画されています。高層ビルが立ち並ぶ地域になりそうですが、もちろん、緑も維持されるようで、事業者側はこの地域を「世界に誇るスポーツクラスター」にすることを目指すそうです。全体の完成は2036年。10年以上に及ぶ大規模プロジェクトです。
この再開発の問題の争点は、緑豊かな環境や景観を開発によって損なわれることへの懸念です。近隣住民は、住民説明会が行われた2016年頃から、この点についての不安を表明してきました。さらに、文化遺産保護に関わる国際的な組織であるイコモスの委員で、中央大研究開発機構の石川幹子教授が、再開発によって1,000本近くの樹木が伐採される可能性があることを指摘すると、反対運動が加速。外苑前のシンボルとして親しまれているいちょうの保護を求める声も高まりました。今年2月には、周辺住民らが、事業の施行認可取り消しを求めて東京都を提訴する事態に発展しています。
事業者によると、再開発によって樹木の数は1904本から1998本に増えて、緑の割合も高まるそうです。みんなに愛されているいちょう並木も維持されますし、いちょうの木の根の保全にも配慮しながら工事するとのこと。こうした事情を含めて、三井不動産側は住民向けの説明会を数回にわたって実施するなど、開発への理解を求めています。
神宮外苑前の地域は公園のようなイメージなのですが、実は明治神宮の私有地なんですよね。この地域の再開発については、民間事業によるものなので、都の事業ではないといえます。一方で、100年前に国民からの寄付や献木によってこの地域が整備されたという歴史があるのもまた事実で、大手不動産会社の都合だけで開発を進めているかのように見える現状に違和感を覚える市民が多いという事情もあります。
都心の貴重な一等地ゆえ、規制緩和で開発が可能になればさまざまな利用が検討されるのは当然といえます。一方で、市民の感情を置き去りにしたまま開発が進み、自然豊かな景観が失われ、地域のイメージが低下することになれば、誰も得しない結果になります。この問題、一体どこに着地するでしょうか。