アベノミクスって、何だったのかを振返る

「日経新聞くらい読めよ」社会人なら誰もが一度は言われたセリフです。そりゃ、客先で経済ニュースを語れるとかっこいいですもんね。でも、「だって、みんな読んでないしな…」と、何となく済ませている人も多いのではないでしょうか。それでは、心許ないので最低限に知っておいて欲しい経済ニュースを、経済誌の現役記者・編集者がこれ以上ないくらいにわかりやすく解説します。今回は、7年8ヶ月の長期政権が終わり…。そういえば最近、聞かなかったアベノミクスって、どうなったんだろう? (リビンマガジンBiz編集部)

画像=写真AC

みなさんこんにちは。日経新聞を読まない人でも、安倍晋三首相が退任を発表し、まもなく新しい政権が誕生することは知っていますよね。そこで今回は、7年8カ月に及んだ歴代最長政権の看板政策「アベノミクス」をサクッと振り返っていきたいと思います。雑な理解でもいいから酒場でアベノミクス批判ができたら、少しだけ大人の階段を登れるはずです。

2012年12月に発足した安倍政権は、「3本の矢」から成る通称「アベノミクス」と呼ばれる経済政策を進めてきました。

第1の矢は、大胆な金融政策。2013年4月に日本銀行(日本の中央銀行です)総裁に就任した黒田東彦総裁にちなんで「黒田緩和」とも言われる、前代未聞の金融緩和政策を実施し、デフレからの脱却を目指しました。要は、お金をばら撒きまくって、みんながお金を借りやすく、投資しやすくなるお膳立てを日銀がやったと言うことです。

第2の矢は機動的な財政政策です。平たく言うと、公共投資を増やして景気を刺激しました。

第3の矢は成長戦略です。規制緩和で民間企業の成長余地を拡大したり、成長産業に支援したりして、軽罪の構造改革をして成長を促そうとするものです。

では、この3つの矢を放った結果、7年8カ月を経て、日本経済はどうなったのでしょうか。「コロナ抜きで」という条件で、現在の日本経済の状況をおおまかに把握してみます。 

よかったもの①は雇用です。完全失業率を見てみると、安倍首相の任期中はずっと右肩下がり、つまり失業中の人が減ったと言うことです。完全失業率は2012年12月が4.3%、2020年1月は2.4%です(ただしここ数カ月はコロナ禍のために失業率は悪化しています)。

よかったもの②は株価です。安倍政権が始まった2013年はリーマンショック以降のどん底が続いていましたが、アベノミクス効果で上昇に転じました。日経平均株価はこの25年間で今が一番の高値圏にあるんです。日経平均株価は、2012年12月末が1万395円、2020年の年初は2万3204円で、平たく言えば2倍になりました。

株価が好調で、みんな仕事についている。素晴らしい状態ですが、「経済成長している」とか「豊かになった」と感じる人は少ないのではないでしょうか。

その理由の一つに、賃金が増えていない、という事情があります。平たく言うと、安倍政権の7年8カ月のあいだ、日本の実質賃金(インフレ率を考慮した賃金です)はほとんど横ばいでした。つまり、アベノミクスは私たちの収入増加にはつながらなかったということです。

なぜ賃金が上がらないのかは複雑ですが、そもそも日本経済はほとんど成長していません。アベノミクスが始まった当初の2013年度こそ、日本は実質GDP成長率が2%を超えましたが、2018年度からはほとんどゼロです。成長していないんだったら、お給料は上がりませんよね。

つまり、就職はできたけれど、収入は増えていない、だけど株価はすごく高くなった、それがアベノミクスの7年8カ月で、私たちの身の回りで起きたことでした。株式投資で儲けられる人だけが資産を膨らませたことになります。

あらためて、3本の矢の効果をみてみましょう。

第1の矢の金融政策で市場にあふれたお金が株式市場に向かい、株高を演出しました。また金融緩和により超低金利になったので、お金が借りやすくなり、不動産などの資産に投資しやすくなりました。

第2の矢の財政政策は、財政政策によって仕事を得られた人たちがいたので、失業率が改善したと捉えることができます。

問題は第3の矢です。新しいビジネスを生むような規制改革では、残念ながら目立った効果をあげることができませんでした。

その一例が、最近よく耳にするDX(デジタル・トランスフォーメーション)です。平たく言えば、デジタル化、IT化です。これが、あらゆる業界で進んでいなかったことが、このコロナ禍で明らかになりました。みんなアナログから抜け出せていなかったと言うことです。

ビジネスや仕組みのデジタル化があらゆる産業で進めば、効率化が進み、生産性が向上して、従業員一人当たりが生み出す利益を増やすことができたかもしれません。その結果、お給料も上がっていたかも。

しかし、DXを進めるのって、根性がいるんですよ。思いっきりが必要で、時に古い取引先や社員を切り捨てることにもなります。

例えば、不動産業会はこの7年8カ月でどれだけDXが進みましたか。「不動産テック」なんて言葉が流行ったりしましたが、みなさんの業務はどこまでデジタル化されていますか。内覧のデジタル対応、重要事項説明の電子化などが始まりましたが、物件のデータ化はどこまで進みましたか。FAXからは卒業できましたか。紙の物件情報をまとめた分厚いファイルはもう、さすがにオフィスにはありませんよね。テックによって、みなさんの生産性はどこまで上がりましたか。

こんな具合に、デジタル化を進めるには設備などの投資が必要ですし、規制緩和も必要です(例えばハンコがないと契約が完了しない現状の不動産取引では、完全なデジタル化はできませんよね)。時にはアナログの仕事しかできない人材をリストラする覚悟も必要になります。

そういった痛みを引き受けながら、新しいビジネスで商売の種を見つけていこう。そんな思い切った旗振りを安倍政権はやり通すことができませんでした。お金をばらまいて株高を演出しましたが、根性が必要な政策に踏み込むことはできなかったんですね。

一般的に、政治的に安定している長期政権は、痛みを伴う大掛かりな改革を手がけやすいと言われています。「安倍一強」が続いた安倍政権はまさに、難しい政策を押し通すのに格好の政権でした。でもできなかった。それはおそらく、気合を入れて経済改革をやりぬくことよりも、支持率を上げて選挙に勝ち、憲法を改正することにより強い関心を持っていたからではないでしょうか。

 
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