パンテオン神殿(ローマ)のコンクリート造ドーム (c)Sarahhoa, 2016


「建築の主構造」の回でも書きましたが、鉄筋コンクリートはまだまだ歴史の浅い建材です。しかしながらご存知のように、近代に生み出された建材のなかで、チャンピオンといっても言ってもよいくらいの確固たる地位を築いています。それはなぜでしょうか。


 じつはコンクリート自体は古代から存在する材料です。ピラミッドにも用いられていますし、ローマ時代の世界最初の建築技術書である「建築について(建築十書)」(マルクス・ウィトルウィウス・ポッリオ著)にも火山灰と石灰によるコンクリートの製法が記されています。現に多くのローマ建築はコンクリートで作られており、「パンテオン神殿」(128年)の巨大なドーム屋根は現代まで1900年近くも残っているコンクリート構造です。しかし不思議なことに中世にはその技術は中心的には用いられなくなってしまい、大建築物はもっぱら石やレンガによる組積造で造られました。


 近代になってコンクリートは再び注目されはじめるのですが、そのなかで画期的な発明がありました。「鉄筋」です。1850年頃に造園士のジョセフ・モニエがワイヤーで補強したコンクリート製の植木鉢や下水管を発明したのです。この方法は後述するようにコンクリートに新しい性能をもたらしたのですが、それだけでは建築に応用できません。何しろ建築を鉄筋コンクリートで作ろうとすると、とても複雑な工事が必要になります。その技術と職人をシステムとして確立したフランソワ・エヌビックの登場によって、フランスを発信地として鉄筋コンクリートは一般的な建築構法として普及したのです。


 さて、鉄筋がもたらした新しい性能とはなんでしょうか。それは「引張り力への耐性」です。そもそもコンクリートは人工的に石のような耐久性のある建材をつくりたいという要求から生まれたものであり、石のように積み上げていくことには強い材料です。積み上げられる材料に主に働く力は「圧縮力」、すなわちものを押しつぶそうとする力です。その一方でたとえば水平の梁のような部材が自重でたわむように変形するとき、その部材の長さを長くしようとする力である「引張り力」が働くのですが、それに対してコンクリートはあまり強くなく、ボロっと崩壊してしまいます。(先に挙げた「パンテオン神殿」のドーム屋根は、この引張り力が内部に生じにくいように巧みに計算された形状となっていたのです。)そこに登場した「鉄筋を網目状に組んでコンクリートの中に埋め込む」というアイデアは、まさにコンクリートの最大の弱点を補うものであり、これによって、はるかに自由にさまざまな形をコンクリートでつくれるようになったのです。そしてコンクリートは近代、そして現代の建築・土木の中心的な材料となりました。


 このような材料の歴史的解説をあえてしたのは、鉄筋コンクリート造という構法の本質を知るために、これらの予備知識が必要となるからです。次回はそちらに話を進めます。(了)

 
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