「敷金」という言葉については、法律上定義はありません。しかし、一般的には賃貸住宅を借り受ける場合のような不動産の賃貸借契約に際して、賃料の滞納や借主が故意に当該不動産を損壊した場合などの債務を担保する目的で借主から貸主に交付される金銭であり、特段の問題がなければ退去時に借主に返還される性質であることは皆様周知のことと存じます。
しかし、借主に落ち度がないにもかかわらず、敷金を返してもらえない場合、または返金されないどころか原状回復費用などの名目で逆に請求してくる貸主や管理会社もいまだ多く存在し、トラブルに発展するケースが後を絶ちません。
このような場合、消費者センターや不動産の業界団体(宅建協会や全日本不動産協会等)に相談したとしても残念ながら期待はできません。
また、不動産業を所管する行政窓口も無力です。なぜなら、退去時における敷金返還については宅地建物取引業法上、解決の糸口なる条文がないため、業者を指導できる根拠がないからです。
では内容証明書を送れば相手は驚いてくれるでしょうか?
内容証明書とは、請求内容を記載した書面を郵便局(数名しか勤務していないような特定郵便局では取り扱っていません)で様式に適合しているか審査されたあと、問題がなければ、書面下の余白に「この郵便物は平成○○年○○月○○日第○○○○○号書留内容証明郵便として差し出したことを証明します。郵便事業株式会社」と記載されたゴム印と「郵便認証司平成○○年○○月○○日」と書かれてある印章が押されているものです。このため、相手方によっては、この見慣れない郵便物を受けとって強い恐怖心をいだき、これだけでトラブルを解決できる場合があります。
しかし、敷金の返還に応じないような不動産事業者(個人オーナー含む)はそもそも確信犯であり、内容証明書自体に何の法的な拘束力もないことを知っている人がほとんどです。せっかく送った内容証明書を紙飛行機にして飛ばして遊ばれるか、裏紙をメモ帳として利用されることは目に見えています。
したがって、敷金返還に限っては、私は内容証明書自体に期待をかけることは禁物だと考えます。
では最終的にどうしたら良いでしょうか?⇒裁判で解決するしかないのです!
ちなみに、本人が簡単に安くできる裁判手続の代表に支払督促と少額訴訟があります。
支払督促は、裁判所に請求の趣旨や原因等を記載した支払督促申立書を提出し、裁判所が当該申立内容に問題がないと判断すれば(証拠書類を提出する必要はありません)、裁判所から相手方に支払督促が発布されます。これが来ると、相手方はかなり驚くと思います。内容証明郵便物と違い、強制執行されることに繋がるからです。
ただ、支払督促制度を選択するに当たっては、もし相手方が異議を申し立ててきたときは通常の訴訟に移行するため、その覚悟を決めておく必要があります。自分に全く落ち度がなく、証拠も十分揃っており、訴訟になっても自分で対応できる自信がある方にはお勧めです。
あと、少額訴訟という制度があります。返還してもらいたい敷金の額が60万円以下の場合に利用できます。敷金返還に一番よく利用される制度です。
これは、裁判所に証拠書類をもって、受付で敷金返還請求用の訴状をもらい、見本に沿って記入して少額訴訟事件受付票をもらった後、そこに記載されている窓口へ行き、裁判所書記官と簡単な面談を受けます。そしてその場で口頭弁論期日が決められます(概ね1箇月以内の日)。
その後すぐに相手方にも呼出状が送付され、相手方は自分の言い分を記載し証拠書類とともに「答弁書」を裁判所に提出してきます。そしてその答弁書は原告(申立人)であるあなたにも届きます。
しかし、ここであなたは頭を悩ます必要はありません。国土交通省住宅局が発行する「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」を片手に持って主張する必要もありませんし、少額訴訟の場合はそのガイドラインに沿って判決が下されることはないことも有り得る(単に裁判官が無知?な場合もあります)、と思ってください。
呼出期日には時間厳守で裁判所へ行き、裁判官がする質問に対して受け答えを淡々とすればいいだけです。ドラマのような法廷シーンのように重圧な雰囲気は一切ありませんのでリラックスして望んでください。ただし、決して相手方を罵ってはいけません。
そのあと、民生委員という方が原告と被告を別々に呼出し、間に立って妥協点を見つけます。ちなみに、裁判が始まってから終了までの時間はわずか1時間です。
判決は概ね借家人に有利に下されることが多いですが、それでもしたたかな業者や大家は、わざと敷金を返還せず、相手方が少額訴訟制度を利用してきたときにそれに従えば、一部返金することにはなっても全額を返すことにはならないこともある、と知っています(借家人に不利な特約でも一部は有効と認められるケースもあるため)。したがって、時間がなく少しでもいいから返金を受けたい人なら簡便でいい制度ですが、自分に非は一切なく十分審理して欲しいと願う場合は通常訴訟の方が良いでしょう(通常訴訟も費用は同額で特に難しくはありません。)。
なお、被告とすべき相手方は、支払督促も訴訟も賃貸管理会社ではなくオーナー(大家さん)になりますので、もし知らない場合は賃借物件の登記事項証明書を取得して名義人を確かめ、記載されている住所地の住民票を第三者請求(請求の仕方は市区町村に聞いてください)にて取得する必要があります。
以上簡単ですが、これから春に向けて入退去が盛んになるでしょうから、少しでも参考にしていただけると幸いです。