慶應義塾大学卒業生の組織「三田会」は、ビジネスシーンで大きな存在感を放っている。会の歴代会長には、銀行頭取や生命保険会社の社長など錚々(そうそう)たる顔ぶれが名を連ねる。歴史は100年を優に超えており、その高いブランド力によって、まるで経済界を暗躍し世の中を牛耳る秘密結社のような雰囲気さえある。そして、不動産業界にも三田会を冠した同窓会がある。「不動産三田会」だ。今回は特別な許可を得て、不動産三田会の月例会の現場に潜入した。(リビンマガジン Biz編集部)

(撮影=リビンマガジン Biz編集部)

不動産三田会月例会に潜入

大きな不動産取引の陰には、必ず不動産三田会の存在がある―そんな陰謀論を信じているわけではない。しかし、不動産三田会は他大学の不動産同窓会と比べても圧倒的な存在感を放っている。この存在感はどこから来るのだろうか。

2月某日、都内の大手ハウスメーカー本社を会場に不動産三田会の月例会が開かれた。

編集部が、日本最大級の学閥・三田会の実態を探るべく緊張の面持ちで訪れると、会場にはすでに80人ほどの参加者が集まっていた。年齢層はバラバラで、ベテランとおぼしき男性から、まだ社会人になって間もないような女性まで、老若男女が会している。肩書きもバラバラで、中小不動産会社やリフォーム会社の社長、大手不動産会社の社員、建築施工会社の経営者や士業など、不動産業だけではなく幅広い業種が参加している。

開会前から「三田会月例会専用」などと書かれたチラシを参加者それぞれが配って回る。テーブルにはすぐに資料の山ができあがる。手に取って見ると、三田会員のみの特別価格の商品や、まだ市場に出回っていない物件の情報などが載っている。秘密の一端に触れたようで緊張感が増した。しばらく待っていると、司会の男性が前方にスタンバイ。いよいよ始まるようだ。

(撮影=リビンマガジン Biz編集部)

まず前回の月例から今回までの間に決まった成約案件の報告から始まる。成約事例があった会員が並び、仲介成約や工事受注などを発表していく。この日は4件の成約報告があった。ある賃貸仲介会社の社長は、「管理している物件のオーナーも慶應出身、仲介した入居者も慶應出身者だった」と、笑いを交えながら報告した。不動産三田会には会員同士のつながりから成約がきまると、10万円を上限に随意で寄付をする成約寄付金制度がある。先述した仲介会社社長も、賃貸仲介1件につき「1,000円を寄付」したという。

続いて、情報交換会が始まる。

会員一人ひとりが登壇し、先ほど配っていた資料をみながら案件を紹介していく。

交換される情報は実に様々だ。この日は、30億円を超す投資用不動産の売却から賃料6万円台のシェアオフィスの仲介、なかには免震工事や電力の切り替えに関する案内まである。

(撮影=リビンマガジン Biz編集部)

卒業年と学部を言ってから「本日は、田園都市線□□駅の戸建賃貸物件を紹介します」と始まる。登壇者が発表を始めると、聞く側も真剣なまなざしで資料を眺め話に聞き入り、ときにはメモを記入する。資料には「三田会限定AD 1月」と書かれており、紹介された会員にとっても、うま味がある内容になっている。隣の席同士で話し込む姿なども見られ、そこかしこで不動産取引が始まる雰囲気があった。会は全部で2時間ほどだったが、1時間以上を情報交換会がしめた。

所属クラブや卒業後の進路ごとにある三田会のなかで、不動産三田会は職業別の「職域三田会」に区分される。同会は、職域三田会のなかでも、公認会計士三田会5,470名、三田法曹会3,687名に次いで、3番目に多い763名の会員を有している(2018年3月時点。慶應連合三田会HPより)。

この不動産三田会が設立されたのは1988年のことだ。当時はバブル真っ盛りで、不動産の世界は土地転がしや、強引な地上げなどが横行しており、業界を見る世間の目は厳しかった。悪化してしまった業界のイメージアップを図るとともに、不動産業の資質の向上と事業の発展を目的に不動産三田会は結成された。情報交換をメインにした会の他に、最新の税制や法改正などについて学ぶ勉強会も行われている。

取引額100億円以上!?他の三田会とは一線を画する不動産三田会

山田純男代表世話人(撮影=リビンマガジン Biz編集部)

「職域三田会のなかでも、不動産三田会は異色だと思います」そう語るのは不動産三田会代表世話人でワイズ不動産投資顧問の山田純男社長だ。不動産三田会の特色とは、会の中でビジネスが頻繁に生まれることだ。

「三田法曹会や公認会計士三田会は、基本的に弁護士や会計士といった同業や同じ資格を持つ人たちが集まっています。言わば『商売敵』ですね。一方、不動産三田会では、同業者はシナジーを生む存在であり、ビジネスが生まれやすいのです」(山田氏)

不動産売買では同業者間で物件を紹介しあうし、税理士や不動産鑑定士などと共同で仕事にあたることも多い。そういった業界の特色を、同会の運営に取り入れており、不動産三田会サイトには会員専用掲示板があり、日々非公開の不動産情報がやりとりされているという。

過去には、複数の会員が共同でアメリカのファンドにビルを売却し、100億円以上の取引が生まれたこともあるという。

また、不動産三田会の会則には、会員の資格を「不動産業或いはこれに関連する業に携わっている者」と広く定義している。このため不動産業従事者だけではなく、司法書士や税理士、FPなどあらゆる資格者・事業者が会員となっており、ビジネスの機会が生まれやすい構造なのだ。

不動産三田会が持つ「身内意識」と「組織力」

不動産三田会に限らず、「不動産業者同士の集まり」という点で考えれば、同様のビジネス交流会は数知れない。しかし、なぜ不動産三田会は他の交流会と比べて活発なのだろうか。

1つは、会員に「慶應義塾の塾員である」という身内意識があることだ。

「不動産三田会はビジネスチャンスのプラットフォームではあるが、卒業生の親睦を深める同窓会という役割も大きい。まず人間関係ができてから仕事が生まれる」(山田氏)

不動産三田会では、月1回の会以外にも、ゴルフ大会や麻雀、釣り、テニスといった親睦を目的としたレクリエーション活動が盛んだ。

もう1つは、組織の統制が盤石な点だ。

山田氏は「不動産というビジネスの特性上、組織をきちんと運営しなければ、会員の暴走やトラブルが発生する可能性がある。それをどうやって未然に防ぐかということも考えなければいけない」と語る。

交流会や親睦会で限定的にやりとりされる不動産情報であっても、「抜き行為」や「飛ばし」が横行してしまい、信頼関係や安心感が崩れてしまうことは多い。

同会には倫理委員会が組織されており、問題が発生すると「不動産三田会倫理規程」に基づき対象者の措置が決められる。行為の内容によって「代表世話人名による注意」から最悪の場合「除籍」にいたるまで5段階がある。あらゆる方面に人脈が広く、身内意識が強い会であることもあいまって、問題の抑止力につながっているという。

こういった不動産三田会の運営方法は、実は他の大学同窓会にも取り入れられている。他大学も含む不動産業界のOB会である大学不動産連盟は、全国17の大学不動産同窓会によって組織されている。その筆頭になっているのが不動産三田会だ。他の大学も同会の規定やルールを参考にして組織を作っているという。

「不動産三田会は、大学不動産同窓会プロトタイプです。これからも他の同窓会の見本になっていきたい」と山田氏は語る。

不動産三田会30周年

慶應義塾三田キャンパス

今年、不動産三田会は30周年を迎える。

9月には帝国ホテルで記念式典を行い、300人が参加する大規模なものになる予定だという。

これまで不動産三田会に貢献した会員の表彰や、会員の中から講師を立てて、セミナーも開かれるという。

30周年の基本スローガンは「肩を組み、先導者たらん」だ。

今後も、「三田会員が連帯して、不動産業界の先導者になり、信頼産業にしていきたい」設立時に掲げられた理念そのままに、歴史を重ねていくのだろう。

さて、最初に掲げた謎に答える時が来たようだ。

不動産三田会が圧倒的な存在感を放っている理由とは何だったのだろうか。

不動産三田会が大きな存在感の源泉は、ビジネスが生まれやすい環境をつくっているからだ。それは統制のとれた組織運営と、会員同士の信頼関係に重きを置く理念の裏付けがある。やはりこの2点に尽きるだろう。

思えば、慶應義塾のカレッジソング『若き血』の歌詞にこんな一節があった。

見よ精鋭の集う処

烈日の意気高らかに

遮る雲なきを

慶應 慶應

陸の王者 慶應

「陸の王者」である慶應が、土地に根差した不動産業界に君臨することは当然のことなのかもしれない。

 
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