生活する上で、無くてはならない「家」。借りるにしても、買うにしても人生に大きな影響を与えるものだ。しかし、それを扱う不動産業界は、一般人にはわかりにくく、独自の商慣習であふれている。外部からはうかがい知れない闇があるのだ。

そんな知っていそうでよく知らない不動産会社の闇をさらけ出す漫画が話題を呼んでいる。ビッグコミック(小学館)で連載中の『正直不動産』(漫画・大谷アキラ、原案・夏原武、脚本・水野光博)だ。ノンフィクション作家夏原武氏が原案を手がけ、大ヒットした『クロサギ』の編集者と再びタッグを組んだ話題作だ。単行本発売を前に、夏原氏に話を聞いた。(リビンマガジン Biz編集部)


夏原武氏 撮影/三輪憲亮

不動産会社のエースは口八丁で契約を取る

主人公は不動産会社の営業マン・永瀬財地。ライバルの追随を許さない営業力で、自他共に認める会社のエースだ。抜群の営業トークで顧客からの信頼も厚い。

しかし、新築現場にあった御神石を壊してしまってからは、不思議な力で、嘘がうまくつけなくなってしまう。建前が封じられ、本音ばかりを話してしまう永瀬が不動産業界の裏側を暴露しながらも、奮闘するのが本作品だ。どうして不動産と嘘を掛け合わせた設定の漫画を描こうと思ったのか。

衣食住の中でも『住』がないと人間は生きていけません。その住宅を扱う不動産業界は知っていそうでよく知らない業界といえます。また、不動産に限った話でなく営業の世界は嘘で出来ている。それが、人に害悪を与えるものでなければいいですが、不動産は高額な分、気を付けないと大きな損をしてしまう可能性があります。だからこそ、一般の人も、もっと業界のことを知るべきだと考えていました

構想だけで2年も費やした

『正直不動産』は構想段階で2年もの歳月を費やしたという。ノンフィクションではなく、あくまで漫画なので、娯楽的でなければいけない。どういった経緯で作品を作り上げたのだろうか。


©大谷アキラ・夏原武・水野光博 / 小学館「ビッグコミック」連載中

不動産は身近なのによく分からない業界の代表格なので、不動産と正直をテーマにするということは決まっていました。しかし、どういうストーリーにしていくか考えるのに時間がかかりました。正直に営業する不動産会社の話だと、独りよがりの正義になって、リアルさが出ないと感じました。編集者からもアドバイスをもらいながら、嘘をコントロールできない設定にしようと決めました。その設定だと作品の世界観もしっかりと作りこめると感じました」

「日本では、古くから『祟り』のような風習もあるので、これだと面白くなると確信しました。内容も基本的には読者のプラスになる内容にしたいですが、不動産業界のハウツー本を描いているわけではありません。そこの線引きが難しかったです

読者も不動産業界について知らないといけない

作中でも、主人公・永瀬のライバルにあたる営業マンが、不動産に詳しくない売主に対して損をさせてしまう方向へ仕向ける場面がある。こういった消費者の知識のなさが業界の悪しき慣習を助長していると夏原氏は話す。


©大谷アキラ・夏原武・水野光博 / 小学館「ビッグコミック」連載中

今問題になっている『おとり広告』もそうですが、黙っている相手には何をやってもいい、となる会社も多い。買う、借りる人をちゃんと大事にしてくれているのかと感じます。見ている方向は不動産オーナーや地主に偏っているのではないでしょうか。買主、借主も不動産会社にとっては大事なお客にもかかわらず

社会との接点の中で一番大事なところに不動産はあります。ところが、消費者は家を買う・借りるときに住宅の外観や部屋の内装ばかり見ているように感じます。不動産という名前の通り、家は動かないもので、住む環境も同じように大事にしないといけない。だけど、そういった考えが消費者にない。業界もあえてそこには触れない。このことが日本全体の住環境が良くなっていかない要因になっているのかもしれません

根深い業界慣習の矛盾

不動産業界は特に業界内ルールが多いと夏原氏は話します。他の業種では考えられないことも不動産になると、それが当たり前になっていることもあります。

よく言われますが、仲介手数料を買った人、売った人、両方からもらうのは考えられない。弁護士で例えると、訴えた側と訴えられた側の2人ともを弁護するようなものです。普通であれば考えられない。しかし、不動産業界ではそれがまかり通っていて、誰も深く考えようとしない

正義のヒーローを描いているわけじゃない

主人公の永瀬は正直なこころを持っているわけではない。主人公も可能であれば嘘をついて営業成績を上げたいが、嘘がうまく言えなくなってしまい正直に営業せざるを得ない状況になってしまっただけである。だから悪徳不動産会社を懲らしめる勧善懲悪の漫画ではない。


©大谷アキラ・夏原武・水野光博 / 小学館「ビッグコミック」連載中

永瀬は、不動産会社の一社員です。だから、自分に都合のよい嘘がつけなくなり、正直に営業しようと決心してからも、会社に利益をもたらさなければいけません。一般読者にとっては理想の営業マンであっても、会社をクビになってしまえば意味がない。この漫画は正義のヒーローを描いているわけではありません」

「だからこそ、読者は永瀬に正直に営業しつつ、成績も上げてほしいと思えてくるはずです。消費する側に誠実であることと、会社の利益との間でジレンマがある。これは、サラリーマンなら誰もが感じる葛藤だと思います。そういった意味ではサラリーマン漫画でもあるわけです。そういう悩みを抱える人にも届けばいいなと思います

不動産業はネタの宝庫

12月27日に発売される1集では、サブリース契約や賃貸仲介時の情報の偏りなどを取り上げている。不動産の闇を次々にさらけ出してしまう主人公・永瀬だが、漫画の根幹をなすネタは尽きないと夏原氏は話す。


©大谷アキラ・夏原武・水野光博 / 小学館「ビッグコミック」連載中

不動産業界は調べれば調べるほど面白いネタがどんどんと出てきます。取材していても面白い。みんな『当社は違いますが…』 といって、話してくれます(笑)。やはり、ちょっとおかしいと感じている部分は多いのかもしれません。不動産業界で働く人には永瀬の奮闘を楽しんでもらいながら、自分の仕事を考えるきっかけにしてもらえれば、うれしいです

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(終)

 
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