博覧強記の知識人の死
虎は死して皮を残すというが、保守のタカは何を残したのか―
今月17日、英語学者で保守派の論客としても活躍した渡部昇一氏が死去した。86歳だった。
渡部氏の自宅は東京都杉並区にあり、多額の費用をかけて作られた約100坪もの巨大な書庫があることで有名だ。
渡部氏は古書の蔵書家で、所有する書籍は研究者として専門だった英語学にとどまらず、文明論や現代史、雑誌など多岐にわたっており、その数は14万冊~15万冊ともいわれている。そして、これらのコレクションが収められている自宅書庫は個人が所有するものとしては世界最大規模との評判がある。
蔵書は量だけではなく、質も異例だ。コレクションの中には希少な初版本や廃刊された雑誌などが多数あり、本格的な設計で作られた書庫と合わせて、その資産価値は計り知れないとの声もある。
それでは、渡部氏のように膨大な書籍を持つ人が亡くなった場合、残された本は相続税対象になるのであろうか。もし対象になるなら、どうやってその価値が算出されるのだろうか。
鑑定によって導かれる精通者意見価格
「書籍や雑誌が相続の対象になるかは、時価として価値があるか、他人にとって価値があるかが焦点になります」と荒木達也税理士事務所の荒木代表は語る。
不動産や現預金、有価証券以外の現物資産の中で価値算定が難しいものは専門的な知識を持つ人によって鑑定されるという。算定された価格は精通者意見価格と呼ばれ相続財産評価の指標とされる。
渡部氏の場合であれば、古書店に算定を依頼し、その価格が基礎控除額の範囲を超えれば相続税が発生することになる。古書以外の骨とう品や、美術品なども同様のやり方がとられる。
しかし、曖昧な古書の価格だ。価値の高低をめぐってトラブルになることはないのだろうか?
税理士法人レディング木下代表によると「懸念から精通者意見価格を算定する精通者は非常に慎重に選ばれます」という。利害関係者を外しつつ、過去の実績を加味して選ばれるのだという。
では、課税逃れのために一見価値がなさそうな書籍を買っておいて、相続後に高値で売るなど不埒なことを考える輩はいないのだろうか。
「骨とう品や美術品を使って相続税から逃れることが実際にあっても不思議ではありません」と語るのは花光慶尚税理士事務所花光代表だ。
しかし、税務署は非常に細かく調査するため、実現するのはかなり難しいという。
こうした高額な商品について、税務署は「100万円」を一つの指標としている。100万円を超える口座の引き出し情報や、売買の台帳はつぶさに確認されてしまうため、隠ぺいすることは困難である。そういった「お金の流れ」を税務署から隠すことはほぼ不可能なのだ。
あの大作家の蔵書はどうなった?
ちなみに渡部氏は生前からテレビや雑誌などの取材を良く受けており、資産価値の高い書籍を多数所有していることは周知の事実だ。そのため蔵書が相続財産評価の対象になるのはまちがいないだろう。
税制についての発言も多かった渡部氏は、高課税が国を亡ぼすとの持論の持ち主だった。「相続税をゼロにせよ!」の著書もある。もちろん今のところ、故人の主張は実現してはいないのは言うまでもない。
それでは残された本はどうするのが一般的なのか。
渡部氏と同じく万単位の本の虫として有名だった没人の中には、まとまった形で寄付する人も多い。
作家の井上ひさし氏(2010年没)は所有していた20万冊の書籍を、生前のうちに生まれ故郷の山形県東置賜郡川西町に寄贈している。
同じく作家の司馬遼太郎氏(1996年没)の6万冊ともいわれる蔵書の一部は、安藤忠雄設計の司馬遼太郎記念館(東大阪市)で公開されている。美しいアーチをたたえた、吹き抜けの天井まで届く巨大な本棚は圧巻だ。しかし、光や風などの自然を取り込むことで有名な安藤建築。記念館でも差し込んでくる光線で本が日焼けしてしまったという報道もされたことがある。
「知的生活」を提唱していた渡部氏秘蔵の書籍は今後どうなるのだろうか。