2009年に火災によって焼失した旧吉田茂邸(神奈川県大磯町)が再建され、4月1日より一般公開される。戦後の日本復興を担った吉田茂元総理大臣の終の棲家再建にはどれほどの費用が掛かったのだろうか。
(吉田茂像 神奈川県大磯町)
旧吉田邸は、吉田が没した2年後の1969年に西武鉄道株式会社に買い上げられ、大磯プリンスホテルの別館となっていた。ただし、宿泊を目的としての施設ではなく、当時は吉田茂邸の見学ツアーが企画されるなど、歴史的・文化的な保存が目的だったようだ。その後焼失し、2009年に神奈川県によって買い上げられ再建の計画が大磯町によって進められた。
西武鉄道から神奈川県に移った旧吉田邸。神奈川県に問い合わせたところ、その取引価格は約17億円。2015年から再建工事が開始されるが、その工事費は5億4,000万円。併せて22億4,000万円の費用だったと計算することができる。
再建工事費は全国の寄付によって
再建工事費5億4,000万円のうち、半額は国からの交付金。残りの費用のうち2億円は財団法人吉田茂国際基金解体時の余剰金が充てられ、7,000万円は全国からの寄付によって集まった。
全国からの寄付は1,271名から、総額総額9,000万円にものぼったという。
7,000万円は建築費に充てられ、残りは旧吉田茂邸整備活性化等基金として、吉田茂邸内の調度品や管内整備などに活用されるとのこと。
再建された旧吉田茂邸は、資料館が併設されており、大磯郷土資料館の分館という位置付けもある。國見徹館長は「近現代の政治学を学ぶ場貴重な場だと思う。吉田茂を知らない若い方々にも旧吉田邸に来ていただき、戦後の日本史に欠かせない人物だった吉田が住んでいた空間を感じてほしい」と語った。
吉田茂邸は、1階の応接間(楓の間)をアイゼンハワー第34代米国大統領との会談のために作られたといわれている。個人の邸宅とともに迎賓館の役割も担っていたのだ。結局、会談の夢は叶わなかったが、吉田は生涯までここで過ごし、2階銀の間で息を引き取ったという。
総額22億円もの費用により再建された旧吉田茂邸は、当時の吉田の権勢を現代に垣間見ることができる第一級の貴重な歴史的資料と言える。