鍵だけはいけない
2006年大分県の玖珠(くす)駐屯地で、隊員が基地外に武器を持ち出すという不祥事が起きた。
その際コメントを求められた自衛隊OBは「自衛隊には金に汚い者も、女好きのスケベもいる。だけど、武器(の不祥事)だけはいけない」と憤ったという。特権的に武器を有する組織で生きてきた者が持つべき自戒なのだろう。
不動産・住宅業界にも特権がある。管理する物件の合鍵をもつことだ。
もちろん使用は業務上必要とされることだけなのだが、この禁を破った事件が起きた。
時事通信の報道によると女優の工藤綾乃さんの自宅に忍び込みカメラを設置したとして、今月2日までにマンション管理会社元社員が警視庁大塚署に逮捕された。
会社で保管している合鍵を使った卑劣な犯行だ。被害者からしてみれば、防ぎようのないやり方で侵入されたわけだ。そのショックは計り知れない。
この事件はさながら「鍵だけはいけない」と不動産業界全体が襟を正すべきものだろう。
過去には殺人事件も
合鍵を使っての犯行は管理会社の存在を揺るがしかねない、許しがたい犯罪だからだ。
残念だが、合鍵を使っての犯行は珍しくない。
昨年、女優の吹石一恵さんと俳優で歌手の福山雅治さん夫妻の自宅に女が侵入し、帰宅した吹石さんと鉢合わせになるという事件があったのは記憶に新しい。逮捕された女は、二人が住むマンションで入居者の日常的な業務を受け持つコンシェルジュとして勤めていたというから、驚きもひとしおだった。
普段から公式な世話係として接するコンシェルジュの罪。いわば内部犯行で、有名人がたくさん住む高級マンションの厳重なセキュリティも効果はなかった。有名人には心底、安らげる場はどこにもないことになる。
有名人の生活を垣間見たいという欲求を行動に移してしまった女には、裁判で執行猶予付きの有罪判決が出た。
管理会社の犯行は他にもある。
2010年には管理会社勤務の20代の男が、複製した合鍵で管理物件の女性宅に侵入、乱暴におよび、20代女性入居者の心身を傷つけた。男は別の女性宅にも侵入、わいせつな行為をした罪で有罪判決を受けた。
2011年にも管理会社勤務の男が、女性入居者の入居手続きの際に2つあった鍵の1つを渡さず、後日、部屋に忍び込んだ。就寝中だった女性が気づき、通報したため男は逮捕された。
最も衝撃だったのは、1990年の事件だ。
管理会社の社員が合鍵を使って女子大学生宅に侵入し、首を絞め殺害するに及んだのだ。
殺人という事件の大きさに加え、被害者が県内の大学医学部を卒業したばかりで、医師国家試験の合格発表直前だったため地元新聞などで大きく報道された。その後、犯人は懲役18年の刑が確定した。
被害者の両親ら遺族3人は犯人の勤務先にも責任があるとして訴え、地裁判決では会社側の非を認め、総額1億7700万円の支払いを命じたことも、不動産管理業界に大きな衝撃を与えた。(その後、高裁で和解)
会社も苦悩する鍵管理
他ならぬ、賃貸管理会社自身も鍵の管理に苦慮している。
どの会社も一様に言えるのは、専用の金庫を用意し店長などの店舗の責任者しか開けられないようにしていること。また、鍵を置いておく専用の金庫室を設け、ドアとの2重ロックで厳重に管理している会社もある。もちろん、厳重にすればするほど、通常の業務には支障をきたすが対策は必須なのだ。
それでもリスクはゼロに出来ない。
電子錠などで鍵を複製できないようにし、必要な時は中央管理するなどの取り組みをする企業もあるがコストなどの問題もあり普及は限定的だ。
スマホで錠を開け閉めできるスマートロックメーカーのQrio(東京渋谷区)は、留守中などに不審な開け閉めがあれば入居者に通知することができ、冒頭の工藤さんの事例は防げたかもしれないという。
同社によると「物理的な鍵自体を会社に置いておかずに、必要な時にだけ社員のスマホに鍵機能を持たせることで犯罪目的の侵入抑止になる」という。
またしても起きてしまった卑劣な犯行。不動産業界全体に突き付けられた課題は、とてつもなく重い。