日本人が最も好きな美談・忠臣蔵は事故物件の話しだった?
不動産業界の暗部とされる事故物件にはさまざまな誤解があった。都市伝説化する事故物件問題に光を当てる!(リビンマガジンBiz編集部)
吉良上野介邸は事故物件?
12月に毎年開かれる祭りがある。
両国・吉良上野介邸跡で開かれた元禄市だ。今年も朝から大勢の見物人が訪れた。
地域では、14日の討ち入りの日を前にした風物詩となっている。
1702(元禄15)12月14日の夜。主君の敵をとろうと赤穂浪士47名が、この地にあった吉良上野介邸に討ち入った。周到に準備した赤穂浪士に寝込みを襲われた吉良上野介とその家臣たちは、ほとんど抵抗することもできず浪士たちは目的を達した。
無念のうちに死んだ主君の恨みを果たした浪士たちは世間の同情を買いながらも、天下泰平の世を乱した罰で切腹した。
というのが、赤穂浪士討ち入り事件、いわゆる忠臣蔵のお話だ。
忠臣蔵はテレビの題材としても人気だ。
ドラマや情報番組で忠臣蔵をテーマにした特別番組が毎年、放送される。義理を重んじる日本人の心象風景の原点なのだ。
ただ、今年(2016年当時)は情報番組の司会を務めた古舘伊知郎アナウンサーの「見方を変えれば殺人」という言葉が耳に残った。翌日、現地を訪れた。
JR両国駅から徒歩5分ほどのエリアが忠臣蔵の舞台となった吉良上野介邸跡にあたる。現地を訪ねると、吉良邸裏門跡という観光案内板がマンションの壁にかけてある。墨田区が設置したものだ。
―赤穂浪士討ち入りの際、裏門からは大石主税以下二十四名が門を叩き壊して侵入、寝込みを襲われ半睡状態に近い吉良家の家臣を次々と斬り伏せました。―
戦闘は一時間余り続いたといい、「討ち入りは壮絶」なものだったとの記述もある。結局、吉良家側は吉良上野介を含む38名が死傷し、死者は15名に及んだ。(諸説あり)
看板を覗き込む初老の男性を先頭にする3人組の1人が「生々しいな…」とつぶやいた。
筆者も積もった雪に鮮血が飛ぶような、ドラマの場面を思い出した。賑やかな祭りの風景とは裏腹にこの土地の血塗られた歴史に少し、寒気がした。
「誰も気にしてない」は本当か?
不動産業界では住民の自殺や誰にも看取られず亡くなる孤独死などが起きると、その建物は事故物件となり価値が大幅に下落する。
しかしながら旧吉良邸のあったこのエリアには一見、負のイメージはないように思える。
殺人をともなう戦闘の地であることに忌避感を持つ人はいないのか?ふと、興味がわいて祭りの実行委員に確認したが、祭りに反対する人はいないという。「みんな知っていて、住んでいるんでしょ」と気にするそぶりもない。
それでは、最近になって建ったとおぼしき賃貸マンションなどではどうだろうか。
両国駅前の賃貸不動産会社の社員に尋ねると、怪訝そうな声で「今まで接客した中で気にする人はいなかった」と答える。「なぜそんなことを尋ねるのだろう?」と思ったのだろう。
墨田区観光協会の小林氏によると、隠してもしょうがないという。「観光として訪れていただいて、歴史に興味をもってもらいたい」と意義を強調する。
古館氏のいうとおり、忠臣蔵が大量殺人事件の一種だとして江戸時代のことであるし、周知の事実であり、いちいち目くじらを立てないということなのだろう。よくわかる。
しかし、不動産会社は建物内や物件敷地内で殺人や自殺などの死亡事故があった場合は、次の入居者や所有者の忌避感(心理的瑕疵)を考慮して、告知する義務が生じる。
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事故物件告知に法的義務はあるのか?
では、何年前の殺人から告知する義務が発生するのか。
例えば、千代田区永田町の総理公邸だ。戦前に5.15事件や2.26事件の舞台となった。以前から幽霊がでるという噂が絶えなく、羽田元総理夫人の綏子さんや森元総理などが幽霊や怪奇現象に遭遇したと話題になった。
そうした影響もあっては、安倍総理が公邸に住まないのは幽霊が怖いからではないかと、冗談にもとれないような話しもあった。(実際には吉田茂や田中角栄など歴代総理には公邸に住まなかったケースは複数あるのだが…)
ただ、綏子夫人の話を聞くに、心理的瑕疵はあったのだろう。
「そんなことを言ったら、東京大空襲はどうなる?」と、同僚に笑われた。そこら中、事故物件だらけではないか、と。
確かにそうだ、では告知しなくてはいけない事故物件の境界はどこにあるのか?期間はいつまでなのか?
結論を先にとると法的にはっきりとした決まりはない。そもそも事故物件が何を指すのかも、確定的な定義はない。殺人、自殺、自然死など決まりはないのだ。
忠臣蔵を嫌がる人もいるかもしれないし、いないかもしれない。といった、あいまいな運用がされているのだった。東京都の都市整備局にも、不動産会社や大家からよく問い合わせがあるという。しかし、法的根拠があいまいで、どう感じるかという心理に関することなので「可能な限り伝えたほうがいい」としか、答えようがないという。
殺人、自殺は家賃半額はURからか?
「自殺や殺人なら家賃は半額」といった事故物件の家賃相場についても、よく耳にする。
殺人>自殺>発見が遅れた孤独死といった順で、物件価値が下落するといった類の話だ。
首都圏で積極的に事故物件の売買や賃貸仲介をおこなう不動産会社によると、「売値も家賃もあくまで借りる人がいるかどうかで決まる」ため、「都心の人気エリアなら10~15%も下げれば十分」だという。
一方で、空き家が目立つような人気薄のエリアでは、大家と話し合ったうえで、家賃半額で2年間の定期借家契約を結び次の入居者からは告知しない、という運用を勧めるという。ただ、これもあくまでケースによるという。
「インターネットで調べてくるんでしょう。入居者から『半額なら住んでやる』」と言われたこともあるらしい。不動産会社や大家にとっては、やりづらいという。
事故物件の家賃は半額という噂が生まれた要因の一つとして考えられるのはUR都市機構の基準だ。
同機構では ―住宅の専用部分及びそれに準ずる場所での死亡事故(火災による死亡事故も含む)を原因として空き家となった住宅-を特別募集住宅として、専用のサイトや窓口において入居を受け付けている。
この特殊募集住宅が1年間に限定して家賃を半額にするのだ。
おそらくだが、このURの基準が伝わるうちに家賃半額の部分だけが残ったのではないだろうか。
死が遠い現代社会の歪み
事故物件をめぐる都市伝説は多い。
事故物件専門のアウトレット不動産の運営に関わり、いまも年間で多くの事故物件の仲介に関わる不動産会社オージャス(神奈川県横浜市)を経営する白石千寿子氏は若者世代を中心に事故物件への反応は二極化が進んでいるのではないかと話す。
「縁起が悪いことより、家賃安いのが十分」と全く気にしないか、「人が死んだ物件は絶対に嫌」という極端な話が増えたという。
白石氏の分析では核家族化がすすみ、祖父母と同居しないことで死が遠のいたことが原因ではないかという。
「かつては自宅で看取って、自宅で葬式を出していた。今は病院で死に、専用の葬儀場がある。結果、60代でも遺体を見たことがない人もいる」
死に場所がアウトソース化されることでリアリティがなくなり、結果として極端な反応が増えたというわけだ。
こうした背景もあるのだろうか、事故物件に関連する都市伝説がさらなる独り歩きを続けている。
それは、一般人だけでなく不動産関係者にも多い。
旧吉良邸跡には高級マンションが立ち並ぶ
疑惑の「告知は次の次まで」説を検証
事故物件に関しては不動産業者の間でも間違った情報が共有されている。賃貸管理・仲介会社に話を聞くと、そのうちの数社が「うちでは、やらないが…」という言葉の後に続けた。
「入居者が自殺したり孤独死があったりした場合、その部屋に短い期間だけ誰かを住まわせる。次の入居者には、前の入居者が死んだ事故物件であることを告知しないといけないが、次の次の入居者には告知義務がなくなるから、こういった対応をする」といったものだ。
そのため一部の不動産会社では事故物件が出れば、従業員が入居者として契約し、短期間のうちに別の人に貸し出せば、もう事故物件でなくなる。この際に、契約した従業員は実際には住まなくてもいい。まるで事故物件ロンダリングのようなやり方がまかり通っていると、あちこちでまことしやかに語られている。
しかし、実際には「次の次の入居者には告知義務はなくなる」という法的な根拠はない。したがって、このようなロンダリング行為自体になんの意味もない。
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事故物件告知の誤解が生まれた!?地裁判決
国交省に問い合わせると、誤解が生まれた要因として裁判例が拡大解釈されている可能性を挙げた。2001年(平成13)11月に東京地裁で下された判決だ。
事件の舞台となったのは、借り上げ社宅として使用されていた仙台市内の賃貸住宅だ。
この物件は、企業の従業員が使用していた部屋内で自殺したことで事故物件化し10年間にわたって半額で貸し出すことになったという。そのため遺失した10年分の家賃を請求したのだ。
この裁判では2年間分の遺失利益を認め、相当する金額を借主であった企業に支払いを命じたのだが、判決文の中で、自殺から2年程度を経れば心理的な負担は薄まり、瑕疵と評することができなくなるとの解釈があったため、この「2年間」だけが一人歩きしているのではないかという。
さらに賃貸住宅の契約期間を2年間ごとに区切る物件が多いため、最初の入居者が退去した後、「次の次は告知しなくていい」というさらなる解釈が生まれたのではないかとみられる。
さらに2007年(平成19)8月の東京地裁判決も「次の次」を補強したとみられる。賃貸住宅内で自殺した借主の保証人や相続人に対して、貸主が損害賠償を請求した裁判だ。
この裁判では貸主は自殺があった部屋とその両隣と下の部屋に対して家賃の減額が発生するとして、約676万円の賠償を求めた。判決では一部の賠償を認めた。自殺後の募集できなかった1年間と家賃半額で貸し出していた一契約期間の2年間、合計して3年間の家賃遺失を認めたのだ。ここでも一契約以降、つまり2年間は家賃の減額が必要ない。つまり告知も必要ないととれると読み取れる判決が出たのだ。
しかし、平成13年の判決文には仙台市内という都市部で、比較的入れ替わりの早い単身世帯向けの賃貸住宅であった点など、判決にいたる条件がある。
平成19年の判決も、すべての事故物件に決まった年数があることを支持するものではない。
それぞれの諸条件が一致しないままの解釈は成り立たないとみるのが自然だ。
弁護士も「違和感感じる」業界の運用実態
不動産法務に詳しい弁護士法人ポート代表の長田誠司さんは、「裁判例は、個別の事例についての判断なので、結論部分のみが一般化されることには違和感がある」と語る。
事故の状況や使用用途に加えて、報道などによって生じた事例ごとに心理的瑕疵をどう見積もるかは微妙だ。
「事故物件の定義や告知する範囲、価値の下落について算定はケース・バイ・ケース」と、不動産会社や売主、貸主には慎重な対応を呼びかける。
(マンションの壁に設置された吉良邸裏門の案内看板)
気になる?気にならない?線引きが難しいココロの問題
そもそも、事故物件の告知義務は宅地建物取引業法の47条が根拠となる。内容を簡単に言えば、不動産会社は、借り主や買い主に対して取引の判断に関わる事実を伝えるように定めた法律だ。判断に関わるような内容を重要事項といい、その中に自殺や殺人なども含まれるとされるからだ。
もともと人の感じ方に関わる部分なので個別性が強く線引きが難しい。
さらに、事故の周知性、つまり内容が周囲に知られているかどうかといった測定できない要素も告知義務の有無に関わるという。
つまり、有名な事件なら近所の人が良く覚えているので、告知義務大きくなるという。これもまた、線引きができない。全日本不動産協会など、各種業界団体に聞いても「後でトラブルにならないように可能な限り告知することを勧める」以外に答えはないという。
一方で、借主や買主から聞かれれば、調査義務が発生するという。
消費者の側で気になる人は、心理的瑕疵の有無について不動産会社に尋ねるように勧めている。
先述の事故物件に詳しい不動産会社の白石氏によると、家賃の安い事故物件を探しながらも事故の内容については聞かない人も多いという。「想像してしまうので、詳しくは聞きたくない」という人も一定数いる。感じ方はそれぞれなので、一律の対応もできないという。
事故物件専門サイトの「大島てる」にも掲載基準について聞いたところ、「買う人・借りる人・住む人が少しでも嫌がる可能性があるなら載せる」という答えが返ってきた。
はっきりと線引きをすれば売主や貸主がどうにかして隠そうとするからだ。消費者側には貴重な情報インフラだといえる。(ちなみに忠臣蔵などの周知の事実は、掲載対象にはならない。)
しかし、同サイトにすべての事故物件が掲載されているわけではないのも事実だ。気になるならば不動産会社や売主に対して、尋ねる以外にはないだろう。
事故物件は法的にも、心理的にもあいまいな存在だ。
主にネット上で流布する「事故物件の告知は次の次まで」や「2年間で事故物件は終了」といった基準には法的根拠はなく、鵜呑みは危険だ。