前回、転勤についての労働判例を紹介しました。
その判例で、
①就業規則等に転勤を命ずることができる旨の定めがあり、
②実際に転勤が頻繁に行われていて、
③入社時に勤務地を限定する旨の合意がない、
以上の場合は、使用者は本人の同意がなくても転勤命令を行うことができ、
しかし、次のような使用者の転勤命令権の濫用は許されないとなりました。
④業務上の必要性がない場合、
⑤嫌がらせ等の不当な動機・目的によるものの場合、
⑥労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものである場合
今回はこの④~⑥について争われた判例の一つをご紹介します。(平成12年1月28日最高裁)
Y…音響通信機器の製造販売会社
X…Y社の女性従業員
Xは品川区在住で、目黒区の技術開発部企画室で庶務の仕事に従事していました。
Yは、八王子事業所のプロジェクトにおいて増員の必要性が生じたことから、
Xに対して、八王子事業所への転勤を命令しましたが、
Xは通勤時間が長くなり、3歳の子の保育園送迎ができなくなるとして拒否しました。
Yは勤務時間や保育の問題等についてXと話し合おうとしましたが、
Xは話合いに応じず、八王子事業所にも出勤せず欠勤を続けたため、停職処分の後、懲戒解雇としました。
Xがこれを不服とし提訴したのですが、
一審、二審、最高裁ともXの不利益は通常甘受すべき程度を著しく超えるものではないとし、
Xの訴えを棄却しました。
なお、Yには異動を命じることがある旨の就業規則が存在し、Xとは勤務地限定の雇用契約ではありません。
また、八王子事業所近辺には、Xが転居を希望すれば、入居可能な住居が多数存在し、
そこからの夫の通勤時間は、1時間程度です。
定員に余裕のある保育園も複数存在していました。
転居しなかった場合、Xの通勤時間は1時間45分程度だったと思われます。
これらを踏まえて最高裁は、
プロジェクトチームに退職予定者がいたため早急に補充する必要性があり、
目視の検査業務ということで40歳未満の製造現場経験者とした人選基準には合理性があり、
(Xは34歳で以前製造業務経験あり)
Yの不当な目的によるものとも言えず、
また、Xが負う不利益は小さくはないが通常甘受すべき程度を著しく超えるとまではいえないとしました。
これは昭和60年頃の事件ですので、
育児介護休業法の改正等がされ、
育児の状況も変わった現在ではもしかしたら労働者に有利な判決となるかもしれません。
裁判官も補足意見で「労働者が置かれている立場にはなお十分な配慮を要する」と述べています。
今後も参考となる判例をご紹介していきます。