不動産テックに関連する企業経営者や行政機関などに取材し、不動産テックによって不動産ビジネスがどう変わっていくのかを考える。
今回は、2025年2月にワンルームマンション・投資マンションに特化したiBuyer(アイバイヤー)サービス「TOCHU iBuyer」をリリースした、TOCHU(東京都文京区)・伊藤幸弘代表取締役に話を聞いた。(リビンマガジンBiz編集部)

TOCHU・伊藤幸弘代表取締役 撮影=取材班
――2025年2月にリリースした「TOCHU iBuyer」について教えてください。
「TOCHU iBuyer」は、価格の透明性を上げ、物件の流通を促進させることを目的とした投資マンション・ワンルームマンションに特化したiBuyerサービスです。
使い方は非常にシンプルで、売主は物件の所在地や賃料、広さ、家賃、管理費といった6項目の情報を入力するだけで、すぐに価格が表示され、関連する物件の取引事例も見ることができます。
買取と仲介、それぞれで売却のした場合の査定を表示しており、価格に納得してもらえればそこから売却相談をしていただくことが可能です。
個人情報の登録も不要です。査定価格に不満があれば、そこでサービスから離脱してもらっても構いません。

「TOCHU iBuyer」画像提供=TOCHU
買取で進めていただく場合、書類が整っていれば最短3日ぐらいで売却することが可能です。通常、仲介で売りに出すと成約するまでに1カ月~3カ月かかり、そこから引き渡しにさらに3カ月ほどかかります。それが、早ければ3日~1週間で終わるとなると、圧倒的な速度の違いがあります。早いということは、手間が少ないということ。もちろん、精神的な負担もなく手放すことができる。
ただ、実際、買取を希望される方は、全体の1割くらいだと思っています。現在のワンルーム市場を見ていると、価格は上昇しているため、仲介でより高く売却するケースが多いのではないでしょうか。
――価格査定のベースとなるデータはどのようなものを活用されているのでしょうか。
数万件の取引データを約2年分蓄積して、最近の市場傾向などを反映させて価格を算出しています。
一般的な査定サービスやAI査定は、売り出し価格をベースとしているものも多いですが、「TOCHU iBuyer」は取引のダイレクトな申し込み価格や実際の取引価格、我々が売主と買主が折衝している内容が反映されているので、より現実的な価格設定ができることが強みです。
一般の消費者はもちろん、不動産事業者の方々にも利用していただけるサービスです。

「TOCHU iBuyer」では買取と仲介それぞれの価格が瞬時に査定される 画像提供=TOCHU
――不動産事業者も使えるサービスなんですね。
事業者にも、積極的に利用していただきたいと思っています。我々は年間100件以上、投資マンションを買い取っていますが、業者にもこのサービスを使ってもらえるよう、これから営業活動も強化していく予定です。
「TOCHU iBuyer」を使えば、「TOCHUならこれくらいで買い取ってくれる」という情報を得られますし、「仲介でもこのくらいの価格で扱えるかもしれない」といった提案もできるようになります。
――投資マンション・ワンルームマンションは、実需とは違ったノウハウがないと扱えないといった話も聞きます。
大手の不動産会社でも、投資用マンションの価格がよくわからないといったケースは多いんです。「TOCHU iBuyer」で査定してもらえば、取引事例も見られますし、そのままお客さんに「こういう事例があって、これくらいの価格が出ています」と説明でき、営業がしやすくなるはずです。
特にワンルームや区分のマンションは、一般の不動産会社にとっては、扱いにくい物件と思われがちなので、便利に使っていただけるのではないかと考えています。
――「TOCHU iBuyer」リリースに至ったきっかけは何だったのでしょうか。
この業界は、価格の透明性が低くて営業効率が悪いので、1回の取引で最大の利益を取ろうとする事業者が多い。そのため消費者の利益が損なわれてしまうという課題がありました。
これを解決するためには、価格の透明性を上げて、無駄な営業コストをかけないことが重要です。関わる業者が減り、中間マージンを削減した状態での売り買いを増やすにはどうすれば良いかを考えていました。

TOCHU・伊藤幸弘代表取締役 撮影=取材班
そもそも価格がわからないということが大きな問題です。「TOCHU iBuyer」の前身となるサービスは社内で活用するための査定システムでした。新入社員は物件価格がよくわからなかったり、社員間同士でも査定価格にばらつきがあったりと、センスのいい人と悪い人で価格に差が出てしまう。「社内で転売できるんじゃないか」というような冗談も出るほどでした。
「社員はどういう査定してるんだ?」と思ったんです。そこで私が元々やっていた取引事例を使った査定方法、つまり取引事例を使って手動で計算していたやり方をシステム化しました。
それを数年使っていくうちに、かなり査定価格のばらつきがなくなってきて、新入社員でも安定した価格を出せるようになった。「これはいいな」と思い、事例をさらに増やせば精度も上がるので、もっと取引事例を集めて一般公開しようと思ったんです。ただ、なかなか契約件数が増えなくて苦労していました。
MBAの科目として、経営情報戦略を受講したときです。そこでデータを活用して経営を差別化していく方法や競争優位を築く方法を学んでいくなかで、実際の成約データだけでなく、申し込みデータなど、日々の営業活動で得られる様々な価格情報も活用できるのではないかと気付きました。
今まで捨てていたこうしたデータを全部システムに取り込めば、大量のデータが集まるなと。この着想は授業中に思いついて、一人でニヤニヤしていたのを覚えています。
――日本においては、iBuyerサービスを提供している会社は数社しかありません。なぜ、プレイヤーが増えないのでしょうか。
価格の透明性を上げることが、一部の業者の利益を損なう可能性があるんです。iBuyerサービスを始めたことで、同業他社からは「何やってるんだこの会社は」とか「馬鹿なんじゃないか」というような反応もありました。
「儲からなくなるんじゃないか」「そんなことして何の意味があるんだ」と言われることもあります。ただ、今の時代は情報共有が重要で、みんなでシェアしていくことが業界全体の利益になると思っています。
情報をシェアすることも以前より簡単になりましたし、ITやインターネットの発達もあります。これを活用しない手はないし、そろそろ不動産業界も良くなるべきだと思っているんです。
投資用マンションの業界も、昔ながらの営業方法ではなく、テクノロジーをしっかり活用して、効果的なマーケティングを行い、お客さんにも従業員にも、みんなが豊かになれるような取り組みをしていくべきだと考えています。
――今後の展望について教えてください。
現在は東京、神奈川、大阪、福岡でワンルームタイプなど投資マンションが多い地域をメインで扱っています。将来的には、エリアを広げつつ、ファミリータイプのオーナーチェンジ物件やアパートであれば全国どこでも対応したいと思っています。
事例を集めていけばそれも可能になるはずです。ただ、課題はそれぞれの地域での取引件数をどこまで増やせるかですね。
――「TOCHU iBuyer」を活用した取引の目標はありますか。
まずは、「TOCHU iBuyer」経由で年間30件の取引を目指していきたいと思います。広告も打っていく予定ですし、現在でも自然流入でHPに月間50件ほどの問い合わせをいただいています。
しかも、直接契約に至らなくても、査定を行うことでそのデータが蓄積され、査定精度が上がっていくというサイクルができています。
この流れを伸ばしていけば、「TOCHU iBuyer」で年間100件の取引も十分に可能性があると考えています。