不動産テックに関連する企業経営者や行政機関などに取材し、不動産テックによって不動産ビジネスがどう変わっていくのかを考える。
今回は、マイホームアプリや住宅のフランチャイズを展開するマイホム(東京都港区)の代表取締役CEOの乃村一政氏と、代表取締役の金箱遼氏に話を聞いた。(リビンマガジンBiz編集部)
――マイホム社の事業について教えてください。
乃村氏:当社は、住宅の業界において、家を作る体験を変えようというコンセプトで様々なサービスを提供しています。
2021年の創業からのメイン事業になっているのがマイホームアプリ「マイホム」です。「マイホム」は、家を建てる人の煩雑な情報管理や、工務店とのコミュニケーション履歴が残らないことによって引き起こる、様々な問題を解消するためのアプリです。
エンドユーザーにダイレクトに提供するのではなくて、各全国の工務店さんに対してこれを提供しながら、工務店さんがお客様に提供するという形を取ってます。
「マイホム」は、エンドユーザー側から見ると、マイホームアプリ。工務店側から見れば、「マイホムビズ」というCRMやマーケティングオートメーション等の機能があり、住宅事業や工務店事業における基幹システムとして活用いただいています。
その他にも、工程の進捗管理や書類管理、チャットでのやりとりなどが可能です。
現在、全国約400社の工務店に導入いただいており、1万9000棟の建設現場で、情報管理のデジタル化に活用いただいています。
―― 「PlusMe」というフランチャイズも展開されています。
乃村氏:「PlusMe(プラスミー)」は、2024年2月から開始した高天井2.9メートルの高性能住宅フランチャイズ事業です。
「マイホムビズ」を工務店様に提供しているなかで、2025年の省エネ基準義務化に向けて商品開発の相談が立て続けにありました。「今ある商品を義務化に適合させたら、魅力は増えないのに原価だけ上がってしまうので、商品の作り直しを手伝ってほしい」という相談です。また、皆さん単純に商品を作りたいんじゃなくて、新たに集客ができるような商品を求めていました。
ということは、デザインがいいとか性能がいいとか、それ自体では本質の解決にならないんですよね。それだったら、当社が1つのプロジェクトとして、社会的にメッセージ性のあるものを作り、集客やマーケティングなどの支援も行おうということで、パートナーモデルを始めました。
――「PlusMe」の特徴について教えてください。
乃村氏:「PlusMe」は、”天井高最強”をテーマに、木造住宅標準最高の天井高2.9mの家です。ただ、天井が高いだけの家ではありません。
当社は、前澤ファンドから資金調達をしているのですが、前澤友作さんと「住宅の新しいスタンダードを作っていきたい」というディスカッションのなかで、ただデザインがいいとか性能高いとかではなく、社会的意義のある、社会に対してのメッセージ性とか存在意義のあるもの作らなければならないという結論に至りました。そうでなければ、若い人たちに選ばれる住宅にならない。
社会的なメッセージ性って何があるのかを考えたときに、今の若い世代の人たちが、自己肯定感が低かったり、5年後の自分がいい生活を送ってると思えないと、深層心理で感じている問題があることがわかりました。
若い人の心を少しでも満たせる家を作りたいと考え、東京オリンピックの聖火台をデザインしたデザインオフィス nendo(東京都港区)と組むことで、面白いアイデアが生まれました。
それが、高天井2.9メートルの住宅です。
日本の住宅は、何畳何平米何坪と面積でばかり説明されます。でも、天井の高さが2メートルの18畳と3メートルの18畳だと快適さは全く違います。つまり、その家の快適さは、実は面積ではなく体積でこそ変わると考えたのです。そこで体積最強の家を作り、空間の快適さを追求した家を作ろうと考えました。
結果、費用は変わらずに、リビングにおいても今までの家の1.2倍の体積空間を創ることができました。木造住宅の標準では最高の天井高2.9メートルは、構造を一から全て見直すことで技術的な工夫を重ねて実現したんです。
―― 実際に「PlusMe」の提供を開始して、反響はどうでしたか。
乃村氏:早くも、全国で約30棟のモデルハウスができてます。受注も生まれており、リビングの開放感はとても評価いただいています。
―― 乃村さんが住宅業界でサービスを提供するに至った経緯を教えてください。
乃村氏:高校を卒業した後、吉本総合芸能学院(NSC)に入り、その後約6年間お笑い芸人をやってたんです。結婚を機に引退を考え、そこから住宅業界に飛び込みました。
何かで日本一になりたいと思ったことがきっかけです。何の日本一かは決めてなかったんですけど(笑)
どうせ日本一目指すんだったら大きな業界でやりたいなと思ったときに頭に浮かんだのが、住宅業界とか不動産といった分野だったんですよね。
――なぜ住宅業界だと思ったんでしょうか。
乃村氏:日本一を目指すなら、どうせなら大きな業界でかつアナログな業界が良いなと思ったんです。そのほうが価値を生み出せるチャンスが溢れてるなと。
実際に飛び込んでみたら、やはり改善の余地がたくさんあったんです。もっとこの業界は良くなれると思いました。
たとえば、僕が業界に入った頃は、お客さんが家の不具合とかで電話が架かってきても、「そんなこといちいち対応してられるか!」みたいな感じで電話を切ってしまう人とかが普通にいましたからね。
お客さんを大事にするっていう、ごくごく当たり前のことをきちんと意識して、数千万円の家を購入した人にそれにふさわしい体験を届けたら、絶対に支持されるはずだ、というところがスタートでした。
――かなり改善の余地があったんですね。
乃村氏:当時、他の業界では当たり前に行われていたマーケティングだったり、当たり前に行われていた工夫とかホスピタリティ、顧客重視の思考だったりが、住宅業界は離れ小島のように文化がなかった。そこに魅力を感じました。
そして、2010年に工務店であるSOUSEI(奈良県)を立ち上げました。
その後、2012年からちょこちょこいろんなことにチャレンジしたんです。一瞬で消えたポータルサイトや、2018年にはIoT・スマートホームサービスを提供する会社を立ち上げたり・・・。そして、試行錯誤の末、マイホムを立ち上げました。
――そういったなかで、金箱さんに出会った。
金箱氏:私は大学卒業後、最初から今までずっとエンジニア畑です。複数の会社を経て直近ではマネーフォワードで上場を経験した後、マイホムに参画しました。
――なぜ、未経験の住宅業界だったのでしょうか。
金箱氏:いつかは全部の産業が全部IT化する、全ての産業がDX化するというのは、逃れられない事実だと思います。そういったなかで、市場規模が大きくてIT化が進んでおらず、事業が成長する可能性が高かったのが住宅業界でした。
ただ、実際に来てみるとIT化が難しい業界だと実感しましたね。何が難しいかというと、数が出ないんですよね。建売・注文住宅は1年間で約40万戸ほどしか建てられていません。
他の業界を見れば、たとえばお菓子とかでなら、年間何億個と作られて売られています。そのため、ITによる効率化はやりやすい。しかし、たった40万戸の住宅を、1万社で作ってるとすると、1社平均で年間40戸建てている。月にならすと僅か3戸です。
実際には、2社に1社は年間5戸も建てない。2カ月に1戸とか、1カ月に1戸やってるっていう会社が、ITを使って効率化するモチベーションがすごく高いかっていうと、それほど高くありません。
遅れてる理由ってのは、そのあたりの数が少ないことが大きいと思います。かつ、業務も複雑で、不動産業と建設業が混在している。このような業界でIT化を推進していくためには、業界に特化したよりよいサービスである必要があります。そのために、社内にものづくりの体制を作って、きちんとお客さんにヒアリングしてやっていくっていうところで、難しさはあるんですけど、やりがいも感じています。
――住宅に詳しい乃村さんとITに詳しい金箱さんによって「マイホム」が生まれたんですね。
乃村氏:「マイホム」までにチャレンジしてきたサービスに関しては、ITベンダーとか外注業者に作ってもらったのですが、結論「何もわからなかった」んです。まず何を依頼していいかも、何を指示していいのかもわからない。もっと言ったら業者の選び方もわからなかった。
それで、今思うと余分な費用も使ったように思います。外注会社には収益が生まれたからよかったかもしれませんが、簡単に言うとお手上げなわけですよ。
最終的に辿り着いたのが、ITについてが優秀で、しかもビジネスがわかって、信じることのできる誰か見つけないと、僕がやりたいことは絶対叶わないということでした。
多分、IT分野の人が住宅のことを理解することの何倍も、住宅分野の人がITを理解するのは難しいと思います。
だから、金箱さんに一緒にやりましょうよって言って、口説いて口説いて一緒にやってくれるまで1年半かかりました(笑)
――凄い執念ですね。
乃村氏:逆に言うと、金箱さんが一緒にやりましょうって言ってくれたら、これは成功するなって思ったんです。金箱さんが伸びる事業やと思わなかったら、マネーフォワードを辞めて来ないじゃないですか。
来てくれるってことは、何かしらの勝算が金箱さんの中でできたっていうことだと思うんですよね。このステップ踏めばうまくいくんじゃないかっていうプランができた。すごい慎重な方なので。
―― 住宅業界の市況を見ると既に成熟期であり、これから市場拡大していくことは難しいという見方もあります。
乃村氏:確かに、住宅市場は小さくなりますよね。新築っていう分野では、建てる人も減っているし、建築金額も上がった。間違いなく小さくなるでしょう。
金箱氏:過疎化や限界集落の問題もあります。人口が減っていくと、その地域で1つの住宅会社を維持するだけの世帯数がなくなるケースが出てきます。そうなると、住宅会社が撤退して、その地域は新築が建てられないし、リノベーションもできない状態になる。
乃村氏:地域密着の工務店が支えている構造が崩れようとしています。そこをITを使ったアウトソーシングなどによって、最小の事業構成をより小さい人員で維持できるようにできるのではないかと考えています。
市況は厳しいですが、逆に言うと、なくなることもないんですよね。住宅市場が小さくなったとはいえ、まだまだ他の業界より大きい。なので、僕が興味関心を持ってるのは、市場が小さくなっていくなかでどのように業界が再編されていくのか。そもそもビジネスの在り方が変わるかもしれないといったことに注目しています。
――今後の展開について教えてください。
乃村氏:我々はこれからも住宅業界に新しい風を吹き込んでいきたいと思ってます。単にITを導入するだけじゃなくて、業界全体の在り方を変えていく、そんな存在になりたいんです。
「マイホム」にしても、「PlusMe」にしても、単なるサービスや商品じゃなくて、業界に新しい価値観を持ち込むものだと思ってます。これからも、お客様の声に耳を傾けながら、常に革新的なアイデアを追求していきたいですね。
金箱氏:我々の強みは、ITと住宅業界の知識を融合させた点にあります。これからもその強みを活かして、工務店さんの課題解決だけでなく、エンドユーザーの方々により良い住まい作りの体験を提供していきたいと考えています。
乃村氏:我々のユニークさっていうのは、やっぱり業界の外から来た人間の視点と、業界のことをよく知ってる人間の知識が融合してるところだと思うんです。
たとえば、僕らのプロダクトって、ただの顧客管理システムじゃないんですよ。家を建てた後も、その家の維持管理をサポートするツールになってるんです。これって、住宅業界の人だけじゃ思いつかないアイデアやと思うんです。
将来、「マイホムのサービスがなかった時代って、家づくりはどうやっていたの?」と言われるくらい、当たり前の存在になりたいと思っています。それはアプリなのか、これから出す新しいサービスなのかわからないですけど、マイホムがない時代があったんだなっていわれたら、初めて業界に何かしらを浸透させたってことになるでしょう。
金箱氏:具体的な数字で言うと、10年後に住宅の3分の1に「マイホム」が関わっている状態を目指しています。最終的には全部の家にマイホームアプリが入るという風に思ってて、家持ってるのにマイホームアプリ入れないんだっていうぐらいの時代、珍しいねぐらいの時代になるかなと思ってます。