不動産テックに関連する企業経営者や行政機関などに取材し、不動産テックによって不動産ビジネスがどう変わっていくのかを考えてみる。
今回は、不動産売買に特化したプラットフォーム「Release(レリーズ)」GOGEN(東京都港区)・和田浩明社長に話を聞いた。(リビンマガジンBiz編集部)
-提供しているサービスについて教えてください。
現在力を入れているのが、不動産売買DXX(Digital Experience Transformation)プラットフォームサービスの「Release(レリーズ)」です。
そのなかでも、今は不動産売買に特化した電子契約をメインに提供しています。
2022年5月の宅建業法の改正にあわせて、弁護士ドットコム(東京都港区)の「クラウドサイン」やSMBCクラウドサイン(東京都港区)の「SMBCクラウドサイン」といった電子契約サービスと提携して、既存の電子署名機能に加えて、国交省のガイドラインに対応し、不動産業務に最適化したものを提供しています。
不動産売買に特化した電子契約サービスはいくつかありますが、「レリーズ」 では既に月間で数百件の契約が行われており、おそらく当社が一番多いのではないかと思います。
-具体的にどのような部分が不動産業に対応しているのでしょうか。
たとえば、通常の電子契約サービスでは、契約書がひとつずつバラバラなって一覧になっていますが、不動産は案件ごとに契約書や書類がまとまっていなければ不便です。案件ごとに束ねて切り替えができるといった機能は、通常の電子契約サービスにはありません。
どの案件に売買契約、覚書、重説といった書類が、どのように巻かれているのかといったことも管理できるようになっています。
現場の一人ひとりが契約行為をするというのも不動産業界の珍しいところです。そうなると、署名の管理体制や上席の承認を取るため書類を回すといった社内承認機能も必要です。
また、「レリーズ」では今後電子契約だけでなく、不動産ならではの色々な書類 手続きのデジタル化や効率化ができるようアップデートする予定です。
例えば買主が差し入れる書類や同意した書類の管理や、いつどのタイミングで同意したのかといった確認もデジタルで行うことが可能になります。
-たしかに、契約だけを電子化するだけでなく様々な手続きのデジタル化が必要ですね。
不動産の手続きにおいては、SaaSやテックサービス間での情報連携が進んでいないという課題もあります。
今は、不動産会社や金融機関、保険会社などがバラバラな方法でDXに力を入れています。それぞれが連携しておらず、顧客は個別のページやフォームに都度情報を入力しなければならない、といった逆行が起こっているのです。
不動産会社側も同様で、便利なサービスを導入したいけれど、管理画面が1つ増えるのであればFAXで送った方が楽、といった事態になっています。
「レリーズ」がサービス同士をつなぐハブとなることで、手続きにおけるオンラインとオフライン間やサービス間で起こっている分断をなくす。実際に、キャッシュレス・非対面決済サービス「H’OURSⓇ(アワーズ)」を提供するエスクロー・エージェント・ジャパン(東京都千代田区)をはじめとした不動産手続きの関連会社と連携を進めています。
-契約や手続きのデジタル化だけでなく、サービス同士のハブになるのですね。
エンドユーザーに向けてマイページを用意しており、取り交わした契約書のデータなどを保管することができます。
大手のデベロッパーや不動産会社を中心に、このマイページ機能を上手に使いたいという引き合いが増えていますね。デジタル上で顧客と接点を作っていきたいと考えているんです。
各社、購入顧客に向けて「レジデンスクラブ」のような会員を作っていますが、ヒアリングすると加入率は3割ぐらいです。加入者を増やすのはなかなか難しいようです。
一方で「レリーズ」は、まず電子契約が入り口になっているので顧客は100%利用します。いろんな手続きや書類が集約されることで、顧客自身も「ここで不動産の手続きができるんだ」と認識する。そこから、たとえば確定申告の案内やリフォームの提案、住み替えや引っ越しの提案、最初の取引から始まって、中長期に渡っての関係性を作ることができます。
最近ではライフタイムバリューといった言葉が注目され始めていますが、1度取引した顧客からさらにビジネスの機会を作っていくという要望は高まっていますね。
-少し前までは、「売っておしまい」「一度取引した顧客には二度と会いたくない」といった姿勢のプレイヤーが多いイメージでしたが、変化が生まれているのですね。
変わってきていますね。
たとえば、ひとつの要因として、マーケティング費用が高くなってきていることがあります。
一括査定サイトなどをはじめとして、不動産会社が集客にかけるコストがかなり大きな負担になってきています。それであれば、一度取引した顧客を掘り起こすことができればいいと考えている企業が多いですね。
-「レリーズ」は単なる電子契約サービスではないのですね。
「レリーズ」は、手続きをデジタル融合し、顧客との確実な接点作りや効率的なアプローチ、かつアプローチを科学して、顧客との関係性を作っていくプラットフォームです。
掲げている「DXX」に、Experience(=体験)という言葉が入っているのも、不動産会社の従業員や、顧客にとってよい体験を提供しつつ、不動産業界のバリューチェーンを変えていきたいと考えているからです。
表に出ているのはまだ電子契約の部分がメインですが、さらにサービスを広げて行きたいと考えていますし、この領域に力を入れているのは当社以外にまだないと思っています。
-和田社長は日鉄興和不動産の出身です。「レリーズ」にはその頃の知見が活きているのでしょうか。
新卒から、8年ほど日鉄興和不動産で、地権者対応やサービス開発などを行っていました。
「sumune(スムネ)」というマンションのオンライン販売サービスの開発を担当し、その頃の原体験があると思います。
「sumune」は顧客に向けて新しいマンション購入体験を提供するものでした。裏を返すと体験をよくすることで、どう高く売るか・利益を出すかということを考えていました。収支をよくする一つの策は販売経費を落とすことで、モデルルームを作らずにオンラインで販売することができないか、といった発想です。一方でお客様にとっても価値あるサービスにしなければ受け入れられないので、知恵を絞りました。
そのようなマンションの売り方を考えていくなかで、今度は購入が決まった時点から先においても、不動産事業者側は今よりもっとはデジタルを活用していかないといけないなと感じていました。お客様にとっても、例えば書類を何十枚も書くことは大きな負担で、トータルの購入体験が上がっていかないからです。
-GOGENの創業が2022年の2月で、まだ2期目ですが、利用企業も増え急速にスケールしているように感じます。その要因は何なのでしょうか。
このポジショニングは今のところ僕たちしかいないと思っています。いずれはライバルも出てくると思うのですが、今のうちに刈り取れるところは刈り取って、「この領域といえばGOGENだ」と言われるように頑張りたいと思っています。
-和田社長もこれまで様々な不動産テックサービスを見てきたと思います。不動産テックにおいて成功している会社と失敗している会社を分けている要因とは何だと思いますか。
やはり不動産の実務をどれだけ知っているかというのは大きいですね。
私も不動産出身ですから、不動産業者特有の価値観があり、それはひとつの要素としてあると思います。感覚的でうまく表現できないのですが。
「こういったアプローチでしか解決できない」「こういう工夫のあるテクノロジー」といったものは好きですし、テクノロジーでなくても代替手段がないものは面白いと思いますね。
そこに不動産ならではのスパイスが利いているというのは、成功しているサービスに共通しているのではないでしょうか。
-これからの展望などについて教えてください。様々なデータが「レリーズ」に集約されていくなかでは、将来不動産事業をやるといった可能性はないのでしょうか。
今のところありません。
ただ、やりたい気持ちは僕の中にはあるので、どういったかたちがいいかなというのは考えています。やっぱりリアルの不動産に触れないと、お客さんの本質的な価値を追求できませんから。
例えば、ジョイントベンチャーなどで新しい不動産会社を作ろうといったことは、お酒の席などで盛り上がったりはします。ただ、何か今すぐにやるわけではありません。
それよりも、まずは「レリーズ」を業界に根差したものにしていきたいですね。
「レリーズ」導入企業同士の取引ができるようなプラットフォームを設計しているので、買いと売りで別れたときに大手同士が「レリーズ」で取引してくれるといったことができれば、業界に変化を促すきっかけになれると思っています。