不動産テックに関連する企業経営者や行政機関などに取材し、不動産テックによって不動産ビジネスがどう変わっていくのかを考えてみる。
今回は、アメリカの不動産テック企業でCFOを務め、2021年の帰国後からは不動産仲介の営業接客に特化「Facilo(ファシロ)」の開発を進め、2023年2月にサービスを正式リリースしたFacilo(東京都港区)・市川紘CEOに話を聞いた。(リビンマガジンBiz編集部)
―提供されているサービスについて教えてください。
当社が提供している「Facilo」は、不動産に特化したコミュニケーションクラウドです。不動産購入における仲介会社とエンドユーザーの煩雑なコミュニケーションをクラウドに集約し、情報の一元化や可視化を行います。
一般的に、仲介会社と購入顧客のコミュニケーションにはメールが利用されています。しかし、五月雨式にファイルが送られることで情報が埋もれてしまったり、ファイルにパスワードがついているためスマホでは確認しづらかったりと、課題が多くありました。
「Facilo」は、提案に必要な物件の情報やデータなどをクラウド上にまとめます。エンドユーザーも、顧客専用のページにアクセスすることで、全ての履歴、最新の情報を簡単に確認することができます。顧客の閲覧ログを取得するため、どの顧客がアクティブに物件情報にアクセスしているのか、顧客ごとの好みなどを、ログ情報を通じて把握することができます。
これまで、物件が成約するまでにやりとりされていた数百通のメールでのラリーがなくなるため、不動産事業者にとっては業務効率化や生産性の向上に繋がり、エンドユーザーの顧客体験が向上していく、その両方を狙ったプロダクトです。
―五月雨式のメールといった点では、エンドユーザーが感じるストレスも少なくないでしょう。
「Facilo」を利用いただいている会社からのフィードバックで、複数社とやりとりをしていたエンドユーザーが、その会社に決めた理由が、「1つのページに全部の情報が揃っていることでわかりやすかったから」というものがありました。顧客への提案における差別化の武器として使っていただいているケースがありますね。
また、シニアの顧客から評判がよいというお言葉も嬉しかったですね。どうしてもITツールなので、年配のかたは難しいんじゃないかと思われるのですが、専用ページにアクセスすれば全ての情報が揃っているので、従来のメールと比較して わかりやすいというのは嬉しい発見でした。
―エンドユーザーも物件選びや物件購入の後押しになるようなサービスですね。
「Facilo」を作っていく上で最も重要視しているのは、仲介会社の先にいる顧客体験の向上です。
日米の不動産市場を比較したとき、日本では生涯の住み替え回数の平均が3回なのに対し、アメリカは11.7回と、4倍の差があります。
裏を返せば、日本には4倍と潜在的な住み替え市場があるとも考えられる。
これをどうすれば生み出せるかと考えたとき、マクロの目線では政府主導でやるべきことも当然あるのですが、我々がビジネスを通してもっとミクロな顧客体験から何か変えられるんじゃないかという仮説からサービスを立ち上げました。
一人ひとりの顧客体験の積み上げが、現在の不動産業界そのもののイメージをかたち作っているのだと思います。顧客の体験を向上させることが、日本の住み替えを促進させる要因になると考えています。
―売買仲介の分野をターゲットとしたサービスという点も珍しいですね。
住み替えの活性化というテーマのため、中古流通にサービスの軸を置きました。
また、売るものが決まっている新築に比べて、中古仲介の方がコミュニケーションが難しい。中古物件の売買では、売主・買主にそれぞれ仲介会社が付くと、4者が存在し非常に複雑です。
サステナビリティや今後の日本のストック住宅という観点でも、恐らく今後も売買仲介はキーになっていくと思います。そこにチャレンジしたいと思っています。
―市川社長はSUUMO出身です。その後、アメリカに渡り不動産テック企業のMovoto(モボト )のCFOに就任。2021年に帰国しFacilo社を設立と、非常に面白い経歴です。日本の不動産やテック市場を見て感じる変化はありますか。
この10年、スマホの普及に伴って、エンドユーザーの問い合わせのハードルがすごく下がったと感じています。
ただ、仲介会社側の目線に立つと、増えた反響に対しての対応が増えて大変だったり、一人の顧客が複数の会社と話を進めていたり、と厳しい状況にもなっているように感じます。
そこで重要となるのが接客です。「Facilo」は、集客・追客・接客とあるなかでの接客のコミュニケーションにフォーカスしています。これまで人がやっていた「接客」をより手厚く、より顧客にとってよいサービスを提供するということを目指しています。
不動産売買仲介における接客にフォーカスしたサービスというのは、アメリカも含めて誰もやってない分野です。仲介会社の皆さんと一緒にサービスを作り上げていくことに全神経を集中させています。
―これまで様々な不動産テックサービスを見てこられたと思います。サービスの成否を分けるのは、どういったポイントがあると思いますか。
まず、スタートアップの戦い方がアメリカと日本では違うと思っています。
アメリカで成功しているZillowなどを筆頭としているスタートアップは、かなりディスラプティブ(破壊的)で、業界とも軋轢(あつれき)を生みながら、ユーザーの視点でイノベーションを起こしていくといった姿勢です。これは不動産に限らず、UberやAirbnbなども同じで、そういったカルチャーがあります。
一方日本は、既存の業界の既存のプレーヤーとスタートアップ、そして国が三位一体となって進めていきます。それが日本流のイノベーションだと思っています。
アメリカでは、既存のプレーヤーと新しいプレーヤーの仲が悪すぎて、裁判沙汰になっていて進まないことも多いです。
そうではなくて、日本の場合は今の既存の不動産会社の力、それは大手のブランド力や地域に根ざしている会社であれば、その地域の中での信頼といった部分を活かしつつ、一緒に協業していくといった姿勢の方が、インパクトを起こせるのではないでしょうか。
そういうアプローチができたスタートアップは業界と一緒に伸びています。逆に、ただ流行りに乗っかる感じで「不動産業界はデジタルが遅れている」「俺たちが変えていく」といったスタンスでは難しいんじゃないかと思います。
―日本でも、アメリカと同じように不動産エージェント制の流れも活発になっています。
どの仲介会社も、アメリカのような不動産エージェントを目指していますね。当然日本も、長期にわたって顧客に寄り添っていくっていうようなサービスが提供できればいいとは思います。
ただ「ニワトリが先か、卵が先か」のような課題がありますね。長期にわたって関係性を構築するのは、手間暇のかかることです。そこに対するインセンティブやリターンがなければ難しいでしょう。5年後、10年後に住み替えがある、一人の顧客のまわりには今すぐに住み替える人が山ほどいて紹介を期待でき るというのがアメリカで、だからこそ長期に顧客とお付き合いするメリットがあります。
日本の場合はそこまで取引の頻度がありません。単純にエージェント制にした方がいい、という話ではなくて、根本である住み替えの頻度が活発になっていけば、エージェント制に繋がるよい流れが生まれると思います。
―「Facilo」には、今後も機能追加の予定などはあるのでしょうか。
実際に利用いただいている企業からフィードバックで「そういった使い方があるんですね」という発見があり、機能をしていくケースが多いですね。
直近の2023年3月に追加したのが 、ダッシュボード機能です。これも利用企業の現場での発見から生まれました。
エンドユーザーそれぞれに、検討のサイクルがあるようです。何曜日によく見ているとか、ランチの時間帯によく見てるといったログの傾向です。ある企業では、そういった傾向から逆算して、平日夜によく見ている人に向けては平日の夕方に情報を更新するといった使い方をされていました。このような顧客ごとのサイクルがわかるように、曜日ごとや時間帯ごとでのログを分析できるようなダッシュボードを追加します。
これからも、このようなログを活かした科学的な営業やデータに基づいた 店舗運営・経営に力を入れていきたいと思っています。
営業担当者の1つ上の店長や経営者のレイヤーでのダッシュボード機能を追加して、顧客とのコミュニケーションに対して十分な行動量や質の管理もできるようにしていきたいですね。
―中長期の目標や展望はありますか。
「Facilo」は仲介会社と顧客が日常的にアクセスするプラットフォームです。
そこから日々得られるフィードバックや学びは、すごく大きいです。売買における顧客体験を切り口にどんどん新しい機能をリリースしていって、顧客体験の向上に一歩ずつ寄与していきたいと思っています。
今の段階でも、改善リストが100個くらい積み上がっているんです。サービスに完成はないと思いますね。