スイス発・AIとビッグデータで不動産情報を視覚化
不動産テックに関連する企業経営者や行政機関などに取材し、不動産テックによって不動産ビジネスがどう変わっていくのかを考えてみる。
今回は、スイス発の不動産テック企業、プライスハブルジャパン(東京・千代田)の廣澤祥生社長に話を聞いた。(リビンマガジンBiz編集部)
プライスハブルジャパン・廣澤祥生社長(取材は2021年10月に映像通話で行った)
―PriceHubble(プライスハブル)が展開するサービスについて教えてください。
当社は、スイス発の不動産テック企業で、現在ヨーロッパを中心に9カ国で事業を展開しています。AIによる不動産査定や、ビッグデータの視覚化などのデジタルソリューションを開発し、不動産に関連する企業に提供しています。日本では、2018年12月に事業をスタートしました。
メインで展開しているサービスは、「Property Advisor(プロパティアドバイザー)」という不動産AI査定のSaaSプロダクトです。売買・賃貸の両方を対象に、マンションや戸建ての価格や賃料査定を行います。
弊社の査定は、同じマンションの過去事例だけではなく、周辺物件を含めてビッグデータでAIモデルを構築しているのが特徴です。つまり、新築など、現状は存在しない物件でも査定することが可能です。また、過去・将来の価格トレンドも推定しているため、未来の建築年でも査定できます。
当社のAIモデルは、細かいロケーションごとの価値の違いを把握しています。そのことにより、平米単価がヒートマップで可視化できる「プライスマップ」という機能も特徴です。
不動産の情報を視覚的に把握しやすことから、東京の不動産購入を検討している海外投資家にも利用いただいています。
「プライスマップ」 画像提供=PriceHubble
―様々な観点から不動産情報を視覚化しているのですね。
「Property Advisor」に付随した他の機能としては、周辺の類似物件の情報を提供するものがあります。現在の募集物件に加えて、当社データベースに蓄積された過去掲載分の情報も参照できます。また、周辺環境、例えば、買物環境、レストランの充実度などを5点満点のスコアで表示し、一目でどんな環境なのかを把握できるようにしています。
―他には、どんなサービスがありますか。
不動産会社等の自社サイトに当社のAI査定機能を設置する「Lead Generator」も活用いただいています。自動査定をサイトで提供することで、自社サイト経由での売り反響の獲得が期待できます。
当社の大きな特色は、大部分の機能をAPI提供していることです。APIとは、弊社のソフトウェアを、お客様のサイトや、社内システムと連携できる仕組みです。例えば、先ほど紹介したLead Generatorは、標準のウィジェットを使うことで簡単に導入できますが、APIを使えば、お客様のサイトに合わせて、外観や入力の項目などを完全にカスタマイズできます。
PriceHubbleでは、GAFA出身など、大手企業出身のエンジニアも多数在籍しているため、APIを安定して運営できるのが強みになっています。また、日本にも技術担当がおり、お客様のAPI活用をサポートしています。
―APIの強みを生かした事例はありますか。
日本でも不動産企業の社内システム、サイトで弊社の査定機能が組み込まれています。例えば、中古マンション再生事業、iBuyerプラットフォーム「KAITRY」などを手掛ける不動産テック企業「property technologies」と提携しています。
また、自社サービスのソフトウェアを提供する企業も、弊社APIを活用しています。例えば、不動産管理会社向け業務支援ソフトウェアを提供するWealthParkには、管理会社向け業務支援ソフトウェア「WelthParkビジネス」、およびオーナー向けアプリで弊社の査定APIをご活用いただいています。
「WealthParkビジネス」 画像提供=PriceHubble
金融機関向けのソリューションなどを手掛ける電通国際情報サービス(ISID:東京・港)は、PriceHubbleの査定技術をベースに、「BANK・R 賃貸不動産融資支援サービス」を開発、地域金融機関向けに提供しています。
―スイスから日本進出後は、どのようにビジネス展開してきたのでしょうか。
2019年から本格的に営業活動を始め、「プラグアンドプレイ」というシリコンバレーのアクセラレータープログラムに参加するなど、いくつかの大手企業から興味を示していただき、具体的な連携へとつながっていきました。
当社は、日本版の標準プロダクトがまだできていない状態でしたので、先行して準備ができていたAPIの導入をご案内していました。
現在では、日本版の標準プロダクトも提供しており、中小企業でも導入が進んでいます。また、日本向けの機能強化も積極的に進めており、例えば、ヨーロッパとは異なる日本の間取りにも対応しています。
―ヨーロッパの不動産テックビジネスの状況についても教えてください。
ヨーロッパは、不動産テックをリードするアメリカの市場と比べると桁が1つ小さい規模感ではありますが、日本より規模は大きく成長率の高いマーケットです。課題としては、EU圏内でも言語や商慣習、法規制が異なるため各国に合わせた展開が必要なことです。
日本にとってメリットなのは、ヨーロッパ企業は多国間ビジネスが前提なので、各国の違いに合わせられる柔軟性があること。その点、米国系のテックサービスと比べてアジアとの相性が良いと感じています。
―海外のサービスを日本で広げていくうえで課題となるのは、どのような点でしょうか。
日本企業の特徴として、既存のやり方に合わせてシステムを導入するという点が挙げられます。一方、欧米ではより良いシステムやテックサービスがあれば、それに合わせてビジネスプロセスを変えていく手法がメイン。いわゆるBPR(※)ができなければ、ビジネスを発展させるうえで致命傷になると考えています。そのような考え方の海外テック企業にとって、BPRが強くない日本での拡販は難易度が高くなってしまいがちです。
※注=BPR:業務本来の目的に向かって既存の組織や制度を抜本的に見直し、プロセスの視点で、職務、業務フロー、管理機構、情報システムをデザインし直すこと。
ですので、一部カスタマイズするなど日本企業向けに合わせたアプローチをして、徐々に変化を促していくというやり方が適していると考えています。当社が得意とするAPI連携も接点を作りやすいと思います。
その一方で、ヨーロッパで開発されたプロダクトとして、日本とは異なる価値観を広げられる、新しい風を届けられる役割も果たせるのではないかと思っています。
―廣澤社長は、とてもユニークなキャリアを歩まれていますね。
キャリアのスタートは、台湾企業に現地就職しました。学生時代に中国語に熱中していたことから台湾企業を選んだのです。その後、MBAを取得。MBAホルダーは、コンサルや金融系を選ぶケースが多いのですが、私はテクノロジーに携わりたかったので、日本のAmazonに入社しました。次の転職先として選んだのがオンライン旅行会社のExpediaでした。これは純粋に旅行が好きだったのが1番の理由です。今まで60カ国以上を旅しました。
ところがコロナが発生して業界丸ごとトーンダウンしてしまったために、新規の投資が見込めない状況になってしまいました。2~3年後にはまた投資が始まるだろうという見立てがあったのですが、私自身、ずっと成長率の高い業界に身を置いていましたから、やはり伸びていくビジネスに関わりたいと思ったんですね。
―そこから、不動産業界へ移ったきっかけは何だったのでしょう。
ちょうどその頃、家の購入を検討していたので、不動産に関していろいろ調べていました。そこで実感したのが、不動産業界はエンドユーザーにとって透明性が高くないこと。それもあって不動産テックという分野に興味を持ちました。業界のDXに貢献する社会的意義もあるし、実際市場も伸びていると。
―最後に、今後の展望について聞かせてください。
具体的な数字は公表していないのですが、グローバルで高成長中です。日本も負けないように、売上を伸ばしていきたいです。また、弊社は、日本だけでなく、アジアの他の国での展開も検討しています。
国内の不動産テック企業との連携もさらに増やしていきたいですね。競合はあるにせよ、パイを取り合うのではなく、業界全体の成長へと貢献していく必要があると考えています。
先日、参加した展示会では多くの同業他社とお話する機会に恵まれました。そこでは、我々の査定技術を組み入れてパッケージとして価値提供するなど、お互いの強みを活かしてシナジーを創出できそうだという手ごたえを感じられました。今後も日本の不動産業界に貢献できるように尽力していきたいと思います。