不動産テックに関連する企業経営者や行政機関などに取材し、不動産テックによって不動産ビジネスがどう変わっていくのかを考えてみる。
今回は、誰でも使えるオープンソースの地図データやサービスを提供する、Geolonia(ジオロニア、東京・文京区)の宮内隆行社長に話を聞いた。(リビンマガジンBiz編集部)
Geolonia・宮内隆行社長(取材は2021年2月9日に通信環境で行った)
―Geolonia(ジオロニア)は、具体的に何をしている会社なのでしょうか。
当社は、ウェブサイトやアプリケーション向けのウェブ地図や位置情報を提供している会社です。企業のホームページには会社概要のページに地図が埋め込まれていますよね。観光協会のホームページにも観光地図があります。そういった使い方ができる地図を提供するのが事業の1つです。
Googleマップと非常によく似たサービスですが、実はGoogleマップには利用制限が多いのです。
例えば、防災のためのサイトに地図を載せる場合、Googleマップに被災地を表示することができるのですが、それを印刷して配ると利用規約違反になってしまいます。
その他にも、Googleマップにお店の位置をプロットし、そのプロットした結果をダウンロードし、違う地図上に表示させることもNGです。雑誌などで街めぐりや散歩コースなどを紹介する際に、Googleマップで位置関係を押さえて、イラストなどに正確な地点を落とし込むといったことはできません。
マップ上の情報を自由に消すこともできません。あとは、他の地図と並べて表示させることもNGです。ブランド価値を毀損しないよう、他の地図と並べることはできないようになっています。
そういったなかで、制限のない地図サービスが必要だと思い、事業を始めました。
Geoloniaが提供している地図データ 提供=Geolonia
当社はベンチャー企業です、はじめから地図データを持っているわけがありません。そこで、政府関係が公開している様々な住所に絡むオープンデータや利用制限が緩い地図データを活用し、バラバラな記述を整理して地図を作っています。
国土地理院とも提携しています。国土地理院の地図はGoogleマップよりも道路の精度が高い。そういったデータを活用し色々な利用状況にあわせて地図を作っています。
Googleマップのシェアは圧倒的ですが、Googleマップが使えないシチュエーションだけでもかなりあります。Googleマップが使えないなら、まず当社を選んでもらえることを目指しています。
―Googleマップにそのような制限が多いことを知りませんでした。Geoloniaは地図を作るにあたって、どういったデータを収集しているのでしょうか。
国土地理院の地図データやコミュニティによって作られているOpenStreetMapという地図データ、Natural Earthという海外のデータ、国土交通省の位置参照データなど、様々ですね。
実は、Googleマップをなるべく使わないようにと、総務省が指導していることをご存知でしょうか。
知らないうちにGoogleマップの利用規約に違反をしてしまうといったこともありますが、もうひとつセンシティブなものとして、領土に対する解釈が日本政府と違うというケースがあります。
日本政府関連のウェブサイトで地図を使う場合、極端ですが竹島が独島(ドクト)と書かれていたら大問題になります。英語でどう表記されているかもGoogleマップはコントロールできません。国家間で特定地域の名称が違うというケースはたくさんあります。
―Geoloniaのサービスを利用している業界や企業について教えてください。
IT企業と取引が進んでいます。
例えば、位置情報とマップデータを活用したモバイル向けのゲームアプリを作りたい企業があったとします。全国のバス停の位置情報データを活用したいとなっても、実際にバス停のデータを一般の人が入手するのは困難で、集めるのに専門知識が必要です。
たとえば駅や公園だけを抽出した地図を作りたいという場合、人海戦術で1つ1つ調べると何億もの金額になってしまいますが、弊社なら9割以上の位置情報を即座に出すことができます。
―Googleマップでは、そういった網羅的なデータを抽出することも難しいのですね。
それだけではありません。Googleマップのユーザーは、その地点に近付いたとか、遠のいたという情報を自由に取得することができません。ナビのように地点から地点までのルートを検索することは可能ですが、アプリゲーム用にゴール地点に近付いたといった情報を取得できないようになっています。
Googleは、Googleマップを通して、例えば自動運転技術の開発など、様々なサービスを開発しようとしていると言われています。そのためか、人がどのように動いたなどの情報は非公開になっています。
地図は、人間が見るためのものです。しかし現代では、例えばドローンが、あたかも人間が地図を見るように「ここから先は行ってはいけない」といった情報があるコンピュータによって制御しています。そういったコンピュータのためにも地図データは必要です。この下には道路があるとか、家が建っているといった情報をコンピュータが自動的に判断するためには、かなり高い精度が必要です。Googleマップだけに頼っていては、拡がっている地図の用途を満たせないのです。
―自由に活用できる地図を作る。そういったなかで、2020年に不動産テック協会と共同で不動産IDの構想が発表されました。
不動産IDは、当社が開発する地図データを元に、全国の建物や土地にIDを割り振り、企業の枠を超えてデータを連携するという構想です。
デンマークでは実際に不動産IDを導入したら、3年間で800億円の経済効果があったとデンマーク政府が発表しています。日本はデンマークよりもGDPが3倍ありますから、最低でも2,400億円の経済効果は見込めるわけです。挑戦してみる価値はあると思っています。
不動産テック協会と提携後、当社は誰でも無料で利用できる住所マスターデータを公開しました。そこから、政府やたくさんの企業からお声がけをいただき、様々な業界が住所や地図で困っていることが分かりました。
なかでも、日本には架空の住所を検出する方法がないということに気がつきました。
それができるようになるだけで、振り込め詐欺の犯人は口座が作れなくなりますし、助成金の不正受給といった法人が絡む詐欺もほぼ防げるようになります。その他にも与信情報などのDX化も進みます。
ECサイトには架空の住所を使った、いたずら発注がたくさんあるそうです。そういったリスクも自動で排除することも可能です。
―世の中にどれくらい不動産があるのかは誰にも分かりません。登記情報もオープン化されていません。不動産業界には不確定な要素がたくさんあります。
実は東京・首都圏で大地震があり、多数の家屋や建物にダメージがあった場合、登記情報が大混乱するという話があります。
登記簿情報はデジタル地図と紐付いて管理されておらず、境界杭で管理されているだけです。この杭が1センチずれるだけで大きな騒ぎになります。実際に、東京都内の登記簿に記録されている地番住所の面積を全て足すと、実際の面積よりも大きいそうです。昔は縄で測っていたので、大きめになっていることが多かった。
災害などが起こり、大規模に再整備するとなると、紛争や法廷闘争が大量に発生していて、不動産ビジネスはストップするかもしれません。
登記に書かれている情報には曖昧なものも多いため、それをデジタルに当て込むことは難しいでしょう。太閤検地から始まったアナログ管理を今も受け継いでしまっているのは問題です。
Geolonia・宮内隆行社長(取材は2021年2月9日に通信環境で行った)
―様々な地図データを活用するなかで、課題となっている点はありますか。
都道府県ごとに公開されているデータにばらつきがあることですね。
東京都や静岡県などは、積極的に公開していますが、いくつかの自治体は7~8年遅れている感覚ですね。
―なぜ、Geoloniaの事業を始めようと思ったのでしょうか。
私はもともと、WordPress(ワードプレス、※1)のオープンソースプロジェクト(※2)に開発者として参加していました。
※注1=無料で利用できるコンテンツ管理システム。2019年には全ウェブサイトの35%以上のシェアを持っている。
※注2=技術やソースコードを商用、非商用の目的を問わず利用・修正・配布できるソフトウェアの開発手法。
オープンソースプロジェクトに関わることは、とても名誉で、刺激的なことでした。海外のエース級のエンジニアとのやりとりが当たり前のようにできますし、世界的な大企業のエンジニアたちと仕事をすることができた。誰でもその価値を享受できるオープンソースは素晴らしい。
オープンソースのなかには地図開発のチームもあります。位置情報が関係する産業も広い。なんとなくオープンソース繋がりから興味を持ち、個人レベルでも地図が作れそうだと考えて、やってみると本当にできたんです。日本に同じようなことをしている企業もなく、腰を据えて取り組むためにGeoloniaを始めました。
―オープンソースというのは、誰でも自由にその技術を活用できるというものですね。日本にはなかなか根付かない文化だと感じます。
日本はオープン化の点で遅れていて、結果として技術レベルも低くなっています。全体の技術力が低いから、数少ない技術をクローズして囲い込む、ロックインに繋がっています。
Facebookは、自分たちは世界一のオープンソース企業だと公言しています。実際に、自社のサイトを運用するためのエンジンをオープンソースとして公開しています。だから、ソースをコピーしてFacebookを作ることは簡単です。だけど、やってみてもFacebookのような拡がりは生まれません。10億人を超えるユーザーがいて初めてFacebookになります。本当の価値というのはソースコードには無いんですよ。
だから、ソースコードをロックインするというのは大工が、自分が生き残るために釘の打ち方を弟子に教えないといったレベルの話にしかなりません。
―オープンソースにすることで、より大きな利益を享受できる。
当社でも、外資系の天気予報サービス企業のエンジニアがソースコードの修正提案をしてくれたことがありました。世界中の優秀なエンジニアが当社のソースコードを使ってみて、もっとよくする方法をフィードバックしてくれるんです。「ここがおかしかったから直しておいたよ」と、そしてサービスがどんどん改善されていきます。
―今後のサービスの発展や展望はありますか。
直近だと全力でやろうとしているのは、不動産IDとさらにユースケースを広げた住所IDの構築です。日本には6,100万世帯あると言われています。それらの世帯住所にIDをつけることができたとしたらどういったイノベーションを起こすことができるのか・・・まだ、どれほど影響があるのか想像もできませんが、実現に向けて動いています。
まず住所IDができれば、犯罪防止ができる。
他にも、2020年には政府からの10万円交付がありましたが、デジタルで申請すると手書きの申込よりも遅れてしまうということがありました。あれは住所の名寄せに膨大な時間がかかったことが理由の一端だったと言われています。これも自動化できます。
そもそも住所にIDが無い状態という状態が異常なのかもしれません。
先の長いプロジェクトですが、実現させたいと思っています。