遠くない将来、不動産テックによって不動産ビジネスは劇的に変化すると言われている。これまでの商慣習や仕組みが変わり、無数の新ビジネスが生まれるかもしれない。

不動産テックに関連する企業経営者や行政機関などに取材し、不動産テックによって不動産ビジネスがどう変わっていくのかを考えてみる。

今回は、リノベる(東京・渋谷区)・山下智弘社長に話を聞いた。

リノベる・山下智弘社長 撮影=リビンマガジンBiz編集部

―リノベるは、「中古住宅×リノベーション」という分野で様々な事業を展開しています。その反面どういったことをやっているのか、事業の全体像が掴みにくいと感じました。端的にリノベるという会社は何をやっているのでしょうか。

一言で言うならば、リノベーションのプラットフォームサービスを提供している会社です。

これまでは、中古不動産を買ってリノベーションしようと思ったら、不動産会社やデザイナー、工務店をお客様自身でアレンジする必要があり、とても大変でした。だから、分かりやすい新築が選ばれ、住宅マーケットの7~8割が新築不動産でした。

そういった手間のかかる中古不動産のリノベーションを、様々な専門家をつなぎ、テクノロジーを活用しながら、分かりやすく、ワンストップでご提供する、というのが「リノベる。」です。物件探しから住宅ローン、リノベーションの設計・施工、家具やスマートホームの提案、アフターサービスまでをワンストップで提供しています。

直営事業で培ったノウハウや開発したプロダクトのオープン化も始めています。全国各地の工務店や不動産会社など地場の企業に加盟いただくフランチャイズに加えて、リノベーション会社や不動産会社向けにリノベーション業界に特化したプロダクトの提供もスタートしました。例えば、2019年9月にはMFS(東京・千代田区)と共に、リノベーションの住宅ローンマッチングに特化した合弁会社「モゲチェック・リノベーション株式会社」を設立。不動産、建築、金融の領域で、テクノロジーの活用とオープン化を推進しています。

もうひとつ、法人向けの事業としてビル1棟など遊休不動産のリノベーションをワンストップで提供しています。リノベーションによって街と建物の接点を再構築し、既存ストックの収益化を図る都市創造事業として展開しております。2019年11月にはNTT都市開発(東京・千代田区)との業務資本提携を行い、都市創造事業の拡大や強化を図っています。

―あくまでもリノベーションサービスを提供するという役割に徹しているのですね。

はい。「リノベる。」のプラットフォームは、三重の円で表記しています。

画像提供=リノベる

中心にあるのが、当社の「日本の暮らしを、世界で一番、かしこく素敵に。」というミッションです。その周りにあるのがワンストップサービス「リノベる。」のバリューチェーンです。集客から始まり、カウンセリング、物件探し、住宅ローン付けや設計施工、アフターサービスといった一連のサービスがあります。このtoC向けのサービスを支えるパートナーがその周りにいて、パートナーを支援するの「リノベる。」のアプリケーションやツール、業界特化型のサービスがある、という考え方です。

―リノベるのパートナーになっている企業は何社ぐらいあるのでしょうか。

フランチャイズパートナーから、設計者、工務店、不動産会社など、約350社です。

―まだまだ中古物件の流通割合は低いですが、一般顧客の変化などは感じていますか。

顧客の層は、確実に変わってきています。「リノベる。」は2010年から運営を開始し、今年で10年継続してきました。10年前は、ショールームに人が入ってくると顧客か、パートナーや業者かが一目で分かりました。

その当時、リノベーションというのは、住環境にこだわりを持っている方がメインの顧客層でした。あえてリノベーションを選んでこだわりの住まいを作りたい。そういった嗜好がファッションや装飾品に現れていて、なんとなく一目で「この方はお客さんだな」と分かっていました。

つまり、当社のミッションである「かしこく素敵」のなかにある「素敵」という部分でリノベーションを選ばれる方が多かった。

しかし今は、「かしこく素敵」の「かしこく」の方、つまり資産価値を重要視する方も増えています。中古不動産は築20~30年程度で建物の評価はある程度底が見え、安定します。「リノベる。」は、そういった中古不動産を扱っているので、購入してから不動産価格が下落するリスクも低いのです。新築を買っても価値が落ちるのなら、中古不動産を買って内装や素材にこだわり、自分らしい暮らしをしたい。「素敵」と「かしこさ」のバランスで選ばれていると感じています。

リノベる・山下智弘社長 撮影=リビンマガジンBiz編集部

―では、事業者側の変化はどうでしょうか。現在もリフォーム業界・リノベーション業界はアナログなのでしょうか。10年でどれほど変わったと感じますか。

見る目線によって定義が異なりますが、あまり変わっていないと感じています。

今でも現場では、職人が携帯で喋りながら、手書きでメモを取っています。ただ、間違いなく「変えなくちゃいけない」という危機感が、確実に昔よりも高まっています。

これには2つの理由があると思います。

1つ目は職人や工務店の従業員が高齢化していること。

2つ目はコロナですね。コロナによって、業界のテクノロジー化は2~3年早まったと思っています。

パートナー希望の企業から当社への問い合わせが増えているのも、そういった危機感の表れだと感じています。

―リフォーム・リノベーション業界でのテクノロジー活用は、それほど重要なのでしょうか。

私自身、設計をやっていた経験からもテクノロジーの大切さを感じています。優秀な設計士とそうではない建築士はどこが違うのか。図面を書くスピードやアイデアなどの違いも、もちろんあるのですが、圧倒的な差が生まれるのはヒアリングの力です。

上手な設計士は顧客がどんな暮らしをしたいかということを、上手く引き出して、整理整頓して、「だったらこうですよね」という提案・整理整頓が上手い。私のようなあまりヒアリングが上手くない設計士は、すぐに提案したがります(笑)。「これはどうですか。あれはどうですか」となってしまうので、そのつもりはなくても押し売りのように感じられることもあります。

この差を埋めるのはとても難しいんです。そこでテクノロジーの活用が必要になります。

例えば、我々が提供しているオンラインサービス「sugata」も、そんな課題を解決する一つのツールです。これは、住まいを検討している方の頭の中を見える化します。

「sugata」 画像提供=リノベる

「sugata」は、弊社のリノベーション事例が「Pinterest(ピンタレスト)」のように並んでいて、その中から好きなものを選択していくと「こういったものが好きなのではないですか」と、3つのテイストがレコメンドされます。

これはもともと顧客が住まいづくりをスタートした時に立ちはだかる課題を解決しようと立ち上げたものだったんです。「理想を具体化するのが難しい」、「事例探しに手間がかかる」、「イメージを伝えるのが大変」、「完成形をイメージしにくい」、「価格が分かりづらい」…。こういった顧客の課題を解決して、顧客の頭の中にある妄想を見える化するツールなのですが、これは設計士側にもメリットがあります。設計士側は「sugata」によって顧客の嗜好を掴み、細かい最後のすり合わせは直接行います。実はそのすり合わせに行くまでにセンスや経験の差が出たり、労力がかかるので、そこをテクノロジーで埋めようというものです。

リノベる・山下智弘社長 撮影=リビンマガジンBiz編集部

―2020年4月にはLIVING TECH協会を立ち上げられましたね。

LIVING TECH協会は「人々の暮らしを、テクノロジーで豊かにする。」をミッションとしています。テクノロジーを活用した暮らしにまつわる領域は多岐にわたりますが、まずは「空間」と「スマートホーム」に絞り活動を行っています。

実際、スマートスピーカーやスマート家電といったスマートホームを利用されている方は、まだまだほんの一部です。使ったら便利そうだけど、あまりよくわからないから使えない。そう思っている人も多いんじゃないでしょうか。

LIVING TECH協会は、暮らしの豊かさの実現と社会課題の解決を両立したいと思っています。そうすることで、人々が快適で活き活きと暮らせる社会を創っていきたい。そのために、今ある製品やサービスを正しく理解していただくための活動、そして新たな体験価値を生み出せるようなサービスや製品を生み出せるようなプラットフォームの提供をしていきます。ユーザーの代表的な立場で、快適な暮らしを作っていきます。

―つまり、不動産に関わる部分だけではなくて暮らし全体を考えるのですね。

暮らし(LIVING)という領域を画に描いたとき、まずは身近な「住まい」からのスタートとなりましたが、長期的には、「働く」「滞在する」「移動する」「体験する/学ぶ」「買う」など、段階的に分野を広げていきたいと考えています。

2020年10月には「LIVING TECH Conference 2020」をオンラインで開催する予定です。

―ユーザー目線という言葉が出てきました。日本の不動産テックは、事業者を便利にするサービスが多い。一方フィンテックの場合は、オンラインでの送金や電子決済など、toCを巻き込んで進歩しました。日本の不動産テックはまだまだ業者が便利になることしか見えていないのではないかと感じています。だからこそLIVING TECH協会がユーザー体験から、というのはまた違った角度からのアプローチですね。

そのとおりですね。

不動産業界の課題として、情報の非対称性については長年言われ続けていますよね。欧米ではオープン化されているのに、日本ではクローズされている。

それを変えようとしているベンチャーやスタートアップはたくさんあって、「古い習慣を破壊しよう」といった言葉も使われています。「でも、本当にそれで良いのかな」と私は感じています。

今のような商慣習になっているのは、それなりの理由があるからではないかとも思うんです。もちろん情報の非対称性が正しいと言っているわけではありません。

ただ、それを破壊することが本当に近道なのかなと疑問に思っています。顧客ファーストをやり続ければ、ゆくゆくは必然的に変わる可能性はあるでしょう。まずは顧客にとっての不便を解消することを考えることが重要だと感じています。

―長年「リノベる。」を運営しているなかで、成功する不動産テック企業と失敗する不動産テック企業の違いはどこにあると考えていますか。

スタートアップ系、例えば我々と同じような分野のコンテック(Con-Tech:建設テクノロジー)でのスタートアップの黒字化は非常にハードルが高いですよね。

弊社がそうだから、贔屓目に見てしまう部分はあると思うのですが、大きな要因としては、実務をやっているかどうかが大きい分かれ目だと感じています。

当社のサービスでバリューチェーンを作るのはとても大変です。スタッフの数もいるし、いろいろな問題も多い。ただ、実務をやっているからこそ解決すべき課題が分かることは非常に大きなアドバンテージでしょう。

―将来の展望はありますか。

当社はミッションドリブンな組織です。「日本の暮らしを、世界で一番、かしこく素敵に。」というミッションに向かって一直線で、やる・やらないの境界線ははっきり引いています。何を境界線としているかというと、「建築・不動産・金融」、この3つが重なる領域、そして人とテクノロジーによってレバレッジが効くことが条件です。

また、我々は未上場ながらたくさんの株主に支援していただいております。ミッション実現には長い時間がかかると想定しているため、サステナブルな体制を作ろうと考えた結果です。究極的には、我々が介在しなくともお客様らしい住まいづくりができるプラットフォームを作っていきたいと考えています。

 
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