遠くない将来、不動産テックによって不動産ビジネスは劇的に変化すると言われている。これまでの商慣習や仕組みが変わり、無数の新ビジネスが生まれるかもしれない。
不動産テックに関連する企業経営者や行政機関などに取材し、不動産テックによって不動産ビジネスがどう変わっていくのかを考えてみる。
今回は、簡易宅配ボックスを開発するYper(イーパー:東京・渋谷)の内山智晴社長に聞く。(リビンマガジンBiz編集部)
Yper・内山智晴社長 撮影=リビンマガジンBiz
―提供しているサービスについて教えてください。
吊り下げ式簡易宅配ボックスの「OKIPPA(オキッパ)」を提供しています。
通常、宅配ボックスは集合住宅であれば1階のエントランス部分に設置されますが、「OKIPPA」は玄関のドアノブにかけるだけで、各住居専用の宅配ボックス環境を作ることができます。もちろん戸建てでも使っていただけます。
一見すると手のひらサイズのバッグですが、ドアノブに吊り下げておけば、配送員がバッグを広げ、そのなかに商品を入れて鍵をかけてくれます。いわゆる「置き配」のセキュリティを強化したサービスです。
「OKIPPA」 画像提供=Yper
OKIPPAへの配送が完了すると、ユーザーのアプリに配送完了の通知が送られます。
―置き配バッグとスマホアプリが連動したサービスですね。鍵がかけられるということで、「置き配」よりも防犯性は高いと思いますが、それでも不安に思う人がいると思います。
「OKIPPA」アプリではプレミアムプランの一つとして荷物の盗難被害を補償するサービス(置き配保険TM)を提供しています。
バッグはポリエステル製なので、破られてしまう可能性がゼロではありませんが、プレミアムプランに入っていれば上限3万円まで補償されます。
また、もし「OKIPPA」に荷物が入らなければ、アプリ上から再配達依頼ができます。生鮮食品などは宅配ボックスに入れることはできませんよね。そうなると再配達依頼をするわけですが、通常は家に帰って不在票を見てからの対応になります。「OKIPPA」アプリなら家に帰る前に再配達の通知が届き、帰宅時間によってはその日のうちに受け取ることも可能です。
―配送完了情報や再配達依頼など、配送事業者との提携ができているわけですか。
提携とは少しニュアンスが違います。通常宅配ボックスは、配送業者と提携しているから使われているわけではありません。「OKIPPA」も同様で、簡易の宅配ボックスと認識されるので利用されています。個々の配送事業者と提携してはいないんです。ただ、日本郵便や楽天エクスプレスなどは、利用者が「OKIPPA」を配送先として指定できるようになっており、事業者との連携も進んでいます。
―配送事業者と提携しなくても、アプリ上で配送状況を取得できるのはなぜでしょうか。
ECサイトで購入した際に、「○○の配送伝票番号で配送しました」「配送状況は下記からご確認ください」とリンクがついたメールが送られてきますよね。「OKIPPA」では、ユーザーがアプリ上でメールアカウントを連携することで、ネット通販サイトの発送連絡メールから自動的に追跡情報を取得できるようになります。
仮に盗難があった場合も、伝票番号と商品情報がわかるため、商品を特定して補償することが可能なんです。
―現在の利用数や利用状況について教えてください。
約15万世帯でご利用いただいています。
「OKIPPA」で受け取りが行われる配送物は、3,000円ぐらいの日用品が多いですね。
高単価な商品は対面で受け取っているケースが多く、EC事業者側も、楽天のように、盗難対策として置き配は1万円以下の商品だけと制限をかけているところもあります。
-2020年5月には「OKIPPA for 不動産」をリリースしました。
「OKIPPA for 不動産」は賃貸不動産を所有するオーナーや不動産管理会社向けに、初期用ゼロ、維持費ゼロ、工事不要な「OKIPPA」を物件に整備できるサービスです。
通常、賃貸住宅に宅配ボックスを設置するには、オーナーが初期費用を負担しなければなりません。ボックスの購入費、設置費だけでなく、メンテナンスにも継続的にコストが発生します。
「OKIPPA for 不動産」は、賃貸管理会社やオーナーがWEB上で物件概要を登録するだけで加入でき、入居者に「宅配ボックス環境あり」という案内ができるようになります。
オーナーには初期費用や維持費用はかからず、基本的に居住者が「OKIPPA」を購入します。入居者が「OKIPPA」を購入すると賃貸管理会社やオーナーに手数料が支払われる仕組みになっています。もちろん、オーナーが入居特典として購入し、入居者に配布することもできます。
このような仕組みが評価されたのか、「OKIPPA for 不動産」はすでに1,000戸以上に導入が決まっています。
―プレスリリースには、2020年には20万戸への導入を目標と発表していましたね。
ありがたいことに、それ以上の反響がいただけそうです。
リリースを発表してから、大手賃貸管理会社からの引き合いが相次いでいます。不動産会社からしてみればリスク無しで手数料がもらえるサービスですから、導入しやすいのでしょう。
―オーナーからの反応はどうでしょうか。
不動産・住宅関連のイベントに出展した際にオーナーや管理会社の方からよく聞いたのは、「宅配ボックスって、導入しても使われるかどうか分からないよね」という言葉でした。
確かにその通りなんです。今は新型コロナウイルスの影響でECサービスの利用が急増していますが、元々週1回以上通販を利用するようなヘビーユーザーは全人口の2割弱しかいない。
つまり、宅配ボックスのニーズは、実際は一部の入居者にしかないんですよ。しかし入居者の満足度を向上させるために数十万円を負担して全入居者向けに宅配ボックスを設置していたわけで、少しもったいないですよね。
必要な人だけが使えるような仕組みで、しかもオーナー・管理会社の負担がない「OKIPPA」は、理にかなったサービスだと考えています。
―Yperは2017年設立です。内山社長は伊藤忠商事出身ですね。大手総合商社から独立したときに、最初から「OKIPPA」の構想があったのですか。
伊藤忠商事に5年勤め、退職してすぐにYperを設立しましたが、最初から「OKIPPA」の構想があったわけではありません。
ただ、商社時代に研修で海外に行くことがあり、海外に比べて日本の物流インフラが整っていることは実感していました。いつか海外も見据えたビジネスをと考えたこともあり、物流には着目していました。
日本の物流は、他国と比べて高水準であるにも関わらず、当時から再配達が社会問題化していた。これほどまでに構造化されているインフラがあるのに、再配達の問題が起こるのはなぜなのか。この課題をスタートアップとして解決できれば面白いと感じたことが、事業着想のきっかけです。
そこで、最初に考えたのがクラウドで管理できる宅配ボックスでした。
自動販売機のように宅配ボックスを街に設置していき、クラウドで管理することができれば必要な人だけが利用できるインフラとなれると考えたんです。しかし、これはマネタイズが難しく、事業化には至りませんでした
そこから1~2カ月して生まれたのが「OKIPPA」の構想です。
当時はまだ「置き配」という言葉もなかったのですが、アメリカなどでは当たり前に行われていました。日本社会を見ると、高齢化で労働人口が減る一方で、消費のEC化がさらに進むことは明らかです。再配達を削減し物流を効率化しなければ、物流もECもどちらの業界も回らなくなってしまう。
今後、日本でも置き配のような配送スタイルが普及してくるだろうと予測しました。
世界最高水準の物流が整い、治安の良い日本であれば、頑丈な宅配ボックスがなくても、置き配で再配達が防げる。そこで簡易宅配ボックスであるOKIPPA事業がスタートしたんです。
―なぜ折りたたみ形式になったのですか。
通常の宅配ボックスには設置スペースの確保が難しいという問題がありました。宅配ボックスは常時使うものではありません。それならば普段はコンパクトに収納でき、使いたい時には大容量で使えるものがいいですよね。さらに軽くて、多様なサイズの荷物が入ればよりよい。
そんな時にマーナ社(東京・墨田区)が提供している折りたたみのエコバッグ「シュパット」に出会ったんです。
「これだ!」と思い、すぐに連絡しました。2017年12月にプロトタイプが完成し、改良を重ねて現在のモデルになっています。
改良を重ねた「OKIPPA」の試作品 撮影=リビンマガジンBiz
2018年には都内の100世帯で実証実験を行いました。私も、自宅に来る配送員の方に「これが新しい宅配ボックスです」と伝えて反応をみたところ、とても好意的に受け入れてもらえました。
―実際に宅配事業者にも利用されることが分かり、正式な販売が決まったのですね。
はい。ですが宅配事業者、なかでも配送員の方の負担が減っているのかという不安もありました。
そこで、2017年12月に1カ月間、実際に配送員のアルバイトをしたんです。
―実際に配送員としても働いた。
配送員として働いたのは1カ月だけですが、本当に大変でした。
特に重い荷物はキツイです。だから、今は宅配で水を頼んでいません(笑)。
荷物は原則決められたルートで配送されます。台車に荷物を積んで配達に行っても、不在だと、その荷物をずっと持って次の配達先を回ることになる。さらに途中で集荷作業もあるので、また荷物が増えます。
重たい荷物をずっと持って回ることで、どんどん作業負担が増えるわけです。
そんな中、ときどきめちゃくちゃ嬉しい伝票に出会うことがありました。
伝票の住所欄に「玄関に置いておいてください」と書いてあるんですよ。
ECサイトなどで商品を購入すると、配送先の住所を入力しますよね。その枠を活かして、手入力で配送先の要望を記載する方がいるんです。購入された方としては、再配達の手続きの煩雑さが減るというメリットがあるでしょうし、これは配送をする側としてもすごくありがたいことでした。
私が働いた配送会社では、仕分けの際に配送場所のリクエストには蛍光ペンを引いて、配送員に分かりやすいようにしてくれていた。
これは発見でしたね。最初から宅配事業者とシステム連携をしなくても、ある種アナログな手法を使いOKIPPAを普及させられると確信できましたから。
―置き配という文化は、これからの日本で定着するのでしょうか。
B to Cの配送の成り立ちは、元々は百貨店から始まりました。百貨店の商品配送は、対面で送り主の気持ちを受取人に伝えるという役割でした。
日本の配送インフラは、対面での配送を当たり前として成長しており、それ以外の選択肢がありませんでした。先程申し上げたように、労働人口が不足していく中で、対面配送は転換期に来ていると考えています。
自分がECサイトで買った水を、絶対に対面で受け取りたいという人は少ないでしょうし、かさばって重たい水をわざわざ盗むということも考えづらいですから。
また、コロナウイルスの流行により、配送物の非対面受け取りの存在意義が変わりました。コロナの前、宅配ボックスは不在の時に使う物だった。今では、在宅時でも使うものになりました。ソーシャルディスタンスや非対面が重視され求められているからです。
今後は「置き配」しかり、荷物の受け取り方が多様化していきます。「OKIPPA」が、その選択肢のひとつになれればと思っています。
不動産会社からしても、「OKIPPA」の導入がイメージしやすくなっているのではないでしょうか。
―将来の展望を教えてください。
住環境の利便性を高めるという部分は、まだできることがあると思っています。
宅配ボックスが広く普及しない1つの要因は、「荷物を受け取る」ということに用途が限定されている箱に貴重なスペースを使っているからです。
そこで、「OKIPPA」では空間の価値を高めていこうと考えています。今、ファッションのレンタルサービスを提供している企業と進めているのが、「OKIPPA」から発送・返却ができるというサービスです。発送ができるのであれば、クリーニングや不要品買取サービスの発送もできるかもしれません。
高級な分譲マンションには1階にクリーニングの回収ボックスがありますが、同じようなサービスを玄関前の袋とスマホによって賃貸物件にも提供することができる。こういったサービスを拡充させていくことで、物件価値や満足度に貢献できると思っています。
そして、「OKIPPA for 不動産」への登録物件を増やしていくことで、最終的には物件検索ポータルサイトの、設備検索のチェックボックスの1つに「OKIPPAあり」が当たり前に選択できる日が来れば嬉しいですね。