遠くない将来、不動産テックによって不動産ビジネスは劇的に変化すると言われている。これまでの商慣習や仕組みが変わり、無数の新ビジネスが生まれるかもしれない。
不動産テックに関連する企業経営者や行政機関などに取材し、不動産テックによって不動産ビジネスがどう変わっていくのかを考えてみる。
今回は、不動産取引を効率化する「MulesRobo(ミュールズロボ)」を提供しているミュールズ(東京・港区)の馬渡康輔社長に聞いた。(リビンマガジンBiz編集部)
ミュールズ・馬渡 康輔社長(取材は2020年5月20日に通信環境で行った)
―提供しているサービスについて教えてください。
2020年2月に、「MulesRobo(ミュールズロボ)」をリリースしました。
「MulesRobo」は、不動産の物件入力に特化したRPAシステムです。間取り図や外観内観などの画像データを含む物件入力を自動で行うことができます。
また、ポータルサイトからポータルサイトへの物件情報の移動やコンバーターサービスの操作も自動で行うことができます。
これまでは、一件の物件情報を掲載するために数分~数十分かかっていましたが、数クリック・数十秒で完了することができます。
また、現在テスト段階ですが、ポータルサイトに掲載されている物件の写真を自動で保存する「MulesPicture(ミュールズピクチャー)」も提供しています。元付け会社が写真の使用を許可した際に、これまでは手作業で保存している会社が多かったのですが、このサービスを使うとずいぶんと楽になるはずです。
―RPAは、アナログな業務が多い不動産業界で注目されている技術ですね。
注目度は高いです。
業務の自動化を積極的に進めていきたい会社は多い。ただ、不動産業界に特化したRPAサービスは、まだ少ないと感じています。汎用的なRPAサービスを不動産業界に落とし込んでいるだけです。
当社は不動産専門ですから、単なるRPA技術の提供だけではなく、不動産業界のルールを技術に落とし込むことができるのが強みだと思います。
―業界に向けたRPAサービスは増えていますね。他のRPAサービスとの差別化はできているのでしょうか。
他のRPAサービスと比べて、5分の1以下の価格で提供している点が、一番の差別化ポイントですね。
「MulesRobo」と同様な機能のサービスで、月額十数万円かかるサービスも少なくありません。当社は月額2万円~で提供しています。私が調べた限りでは、「MulesRobo」が日本最安値の不動産業界特化のRPAサービスです。
―なぜ、それほどまでに低コストで提供できるのでしょうか。
私と共同代表である川越の2名だけで、サービスを開発したからです。
サービスの価格は、開発にかかった人件費や工数によって決められます。十何万円といった料金のサービスは、何十人ものエンジニアが動いて、開発費用を回収するために高くなっている。
その点、当社は2名で開発したので、低コストでの提供を実現しています。
―不動産業界に特化したRPAサービスを作るきっかけは何だったのでしょうか。
もともと我々は、2008年にイースタン・ノベルティ・コモンズ社(東京・港区:以後ENC)を創業し、物件情報の入力代行や間取り図作成など、不動産会社の事務代行事業を行っています。
全国2,000店舗以上の不動産会社と取引実績があるなかで、社内業務の効率化として様々なツールを作っていました。そのなかのひとつが、「MulesRobo」の原型となるシステムです。
顧客である不動産会社との商談のなかで「RPAシステムだけでも売れるんじゃない?」という意見が多かった。そこで、システム開発特化とENCで行っていた事務代行業のうち、自動化技術なしに対応できない案件に対応するため、2019年にミュールズを立ち上げ、システム特化部門から、「MulesHome」シリーズと銘打って、不動産の従事者が直接、動かせるRPAサービスとして提供を始めました。
「MulesRobo」 画像提供=ミュールズ
―事務のアウトソーシング事業を行うなかで、業務効率化が課題だったのですね。
人の作業ではどうしても打ち間違いなどのミスが発生してしまいます。
また、コストの部分も課題でした。入力業務や図面作成などは、不動産会社からすれば、できるだけ安くやってもらいたい作業です。一方で、繁忙期には1日で1,000件の入力をして欲しいといった厳しい依頼もある。全てを人間が行うと、どこかで無理が出てしまいます。
ツールやシステムを強化することで1人のスタッフが、作業できるキャパシティを底上げさせることが重要でした。
―独立したとき、はじめから不動産業界に向けた事業を提供したいと考えていたのですか。
最初は、お洒落な家具をヨーロッパから輸入する事業を考えていました。しかし、家具の輸入は在庫リスクなど、事業として難しい部分があった。
そこで、他の事業を考えることになるのですが、私が新卒で入社したIT企業を退社してから、独立するまでの間、資本金を貯めるために、東京都の港区にある不動産会社で1年ほど働き、賃貸と売買両方を経験しました。
当時、24歳だった私は、社会人としての基礎知識やマナーを、その不動産会社に教えてもらいました。とても感謝しています。
その一方で、煩雑な業務にうんざりしていました。
特にFAXですね。いろいろな会社を経由した物件チラシは真っ黒になっていて、細かい情報は文字が潰れて読めない。元付け会社ですら、印刷を繰り返して真っ黒な状態になったチラシを保管しているケースが多くて、現地に見に行かなければ分からないこともあった。そんな状態の情報を顧客に伝えなければいけないのは、申し訳なく思いましたね。
そういったことが、不動産業界に向けたアウトソーシング事業を始めるきっかけになりました。
―「MulesRobo」は、馬渡さんと川越さんの2名が開発したと伺いましたが、ご自身はエンジニアの経験はなかったのですか。
システム開発に関しては、2015年頃から本格的に取り組みました。
先ほども言ったように、お取引実績が2,000店舗以上になり、人力だけでは間に合わなくなってきたことから、「プログラミングや開発をやるしかないのでは」という話になりました。その方針を思いつき、積極的に打ち出したのは川越です。自分も納得して一緒に取り組むことにしました。
当社には「自分でできるところまでは自分でやってみよう」という姿勢があり、エンジニアを雇わずにゼロからプログラミングの勉強を2人で手分けして始めました。
―全くの素人からプログラミングの勉強を始めたのですか。
本当に何も分からない素人でしたね。
本来は、プログラミングスクールなどに通って勉強するのですが、我々はブログとYouTubeを見ながらひたすら勉強しました。大企業のアプリ導入事例も豊富なAmazon AWSやGoogle Firebase、不動産業界でも今後注目が徐々に高まるであろう3Dグラフィックを駆使したアプリ開発エンジンのUnity等が実験を色々実施可能な開発環境において大きな無料枠を設けていることが大きな追い風となりました。
新規事業を企画する時間を全て勉強に充てて、1年半ぐらい経った頃には、サーバーサイドからフロントエンド、モバイル開発まで2人の連携で一通りできるようになっていましたね。現在までの技術的な実績としては、今回の「MulesRobo」のようなすでにデモ依頼をいただいて開発を進めているRPAアプリのリリース、弊社への間取り作成の発注がスマートフォンで完結するiPhone/Android両対応アプリのリリースや、純粋な技術的貢献としては個人でOSSへの貢献の一環で開発者向け無償パッケージの配布も行っております。
―イチからプログラミングを勉強してサービスを開発したというのは驚きです。業界での技術やテクノロジーの重要性を感じていたのですね。
私も不動産業を経験したから分かりますが、まだまだ業界はアナログです。よく言われることですが、FAXが情報交換の主流になっている。
FAXをメインでやられている会社が、いきなりPDFファイルのやりとりに置き換えることは難しいでしょう。しかし、技術やテクノロジーは受け入れていかなければならない。
これは、我々のような技術の提供者側が、FAXのままシステムが利用できるような方法を考えることが重要です。FAXが悪いのではありません。FAXを今まで通り使うなかで、システムが走るようなサービスが重要だと考えています。
技術は便利にすることが目的です。技術を使う側が、できるだけ新しいことを学習せずに、便利になるものを提供することが、テック会社の使命だと思っています。
―今後の展望はありますか。
今まで、間取り図作成や物件入力代行で、2,000店舗以上の不動産会社への実績があります。
今後5年で、「MulesRobo」でも同規模の利用実績を作っていきたいと思っています。
また、当社はRPA以外にもVRやAI、モバイルアプリの開発なども可能です。「MulesHomeシリーズ」として様々なサービスを提供していくことで、内見や提案などどうしても営業社員の交渉力がものを言う部分以外は、自動でできるようにしたいと思っています。