新型コロナウィルスの感染拡大にともない世界経済は激震に襲われている。経済の落ち込みだけでなく、人と人との接触事態を避けなければならない状況下では、従来型の不動産営業そのものが否定されている。
また人が集うこと、そのものにリスクが内在する以上は不動産ビジネスも大きく変化しなければならない。
コロナショックが不動産業界にどのような影響を与えているのか。今回はサービシンク(東京・新宿区)・名村晋治社長に話を聞いた。
サービシンク・名村晋治社長(取材は2020年4月29日に通信環境で行った)
―(2020年4月29日取材時)サービシンク社では、業務形態はどうしていますか。
3月の上旬から一部社員を対象にテレワークを導入し、3月30日から派遣社員やパートスタッフを含めてオフィス勤務の22名全員をリモートワークに切り替えました。
―業務効率などに影響は出ていますか。
当初は、「テレワークは効率が落ちるし、無理かもしれない」と不安視していました。やはり環境や働き方が変わりますし、上司に見られていないと頑張れない人もいるでしょう。
それが、テレワークが1カ月経ちましたが、当社メンバーに関してはテレワークで効率が落ちていることはほとんどありません。
メンバーからは、むしろ「業務の終わりがはっきりしないから、やりすぎてしまう」という声が多かった。仕事のやめどきがなくなったことに戸惑っていました。
―やり過ぎも良くない。
逆にね。とても問題ですね。
メリハリがなく、だらだらと仕事をしてしまうなら良くない。
働き方改革では、「8時間で何ができるか」が求められます。しかし、テレワークによって、何時間でも働いてしまうことは、働き方改革の本質とは異なります。
―サービシンクのサービスを使っている不動産会社は、飛び込み営業や対面接客が中心ですね。どのような影響が現れているのでしょう。
賃貸・売買どちらもBtoCでやっている不動産会社は、軒並み苦戦していますね。
当社と取引がある売買仲介の大手不動産会社では、3月上旬までは、彼らにとってのボリュームゾーンの顧客からの売上は下がっていなかったようです。ただ、その会社は本社ビルに契約室があって、そこで何十組が一度に契約できるようになっているのですが、今は全部停止しています。
その一方で、1部屋3億~5億といった億ションを購入するアッパー層が、株価が大幅に下がったことで、所有資産の資産価値が下がり、ローン審査が通らなくなったということ3月から起きていました。
また、賃貸でも入社や入学といった必要に迫られた案件以外は、決まっていないようですね。
―賃貸・売買どちらも低迷している。
しかし、各ポータルサイトへのヒアリングでは、問い合わせ件数自体は、平常時よりも1割以上増えているという話を聞きました。一方で、成約率が下がっているので、広告効果がとても下がっている。
やはり三密や濃厚接触を避けるために、来店や内覧を避けるエンドユーザーが多いようです。そのため問い合わせから内覧・内見に繋げられないんですよね。代わりに「とりあえず情報だけ知りたいユーザー」が増えている印象です。
聞いたところでは、成約率が3割下がっている企業もありました。広告の費用対効果まで含めて考えると相当厳しい話です。問い合わせは増えているが成約できないのですから。
―遠隔提案や現地集合での内覧が求められているのかもしれません。
これまで、不動産会社は「顧客と会うこと」を一番大事にしていました。店舗に来てもらえれば口説き落とせると思っていた人が多かった。
来店も現地集合も、結局は顧客と会い、顔を突き合わせて雑談含めて話をして、ニーズを聞き出す。
ネットに載っていない非公開物件の出し方にもこだわりを持っている人もいます。焦らしや、思い出したように物件チラシを出すといった演出をすることで、成約率を高めていた人もいますよね。
しかし、そういったテクニックはメールでは難しい。PDFファイルを添付するだけでは、どうしても伝わらない。
―これまでの営業方法が通用しなくなってきている。求められているのはITやテクノロジーの活用でしょうか。
現在、様々な業界でデジタルトランスフォーメーション(DX:ITの浸透が、人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させるという概念)という言葉がフィーチャーされています。
不動産テックもその1つです。
しかし、今回のコロナ禍においては、「DXを追い越した事態」になっていると考えています。
DXは、リアルのなかにITやネットが入ってくことで便利になっていくということが本来の概念です。
リアルの業務があり、そこにITを入れていくことを指していた。しかし、コロナ禍では、人と会えないため全てをITでやらなければなりません。
このための方法をゆっくり考えていく時間はありません。極端な話今日・明日で、全てをオンラインでやりきるぐらいの方法を考えなくてはならなくなった。つまりオンライン、デジタル環境でクロージングを行い、フォローをリアルで行うといった事態になっているのが現在だと思っています。
―不動産業界では、法規制などにより、オンライン完結が難しい部分があります。
契約の部分が、まだまだ厳しいですね。
しかし、これまででも、問い合わせ獲得の部分は、ポータルサイト活用などによりデジタル・オンライン化することに成功しています。いま、問い合わせの件数が増えているということは、情報収集しているユーザーは増えているということです。
しかし、そこから先を、これまでのようなメール・電話、FAXという手段では成果に繋がらない。そういったなかでは、問い合わせから契約の手前までの過程をどうIT化していくかを本気で考えなければいけないと思っています。
―それほどまで喫緊の問題なのでしょうか。
エンドユーザーからの発信やブログ、ニュース、誰かの体験談で、「かなりの部分を、ITを使って契約した」という声が広まってくると対応できていない不動産会社側としては手遅れでしょう。
「テレビ会議でできないの?」「本当に現地に行かなければいけないの?」という人が出てくると、不動産会社がどう抵抗しても、止められない流れを生むでしょう。もし、「対応できません」と言ってしまったらそこで終了です。
今後、ユーザーのニーズが変わったとき、近隣の不動産会社が対応できて、自社ができなかったら負けてしまいます。これって、私がネクスト(現:LIFULL)に入社した2000年前後にあった、IT化に乗り遅れた不動産会社と似ている傾向だと感じています。
また、当社が提供している「アトリク」をはじめとしたチャットでのコミュニケーションやオンラインでの契約がエンドユーザーに選ばれれば、不可逆です。コロナが収束したあと、再びアナログな方法に戻ることはないでしょう。
―すぐにでもITやテクノロジーの活用を検討しなければならない。
そうですが、いきなり年間数百万円かける必要はないとも思っています。
月数万円でできるサービスを1つずつ試していって、自分たちに合うか合わないかのトライ&エラーを繰り返すことをおすすめします。
日本の不動産テック企業でユニコーン(未上場ながら企業価値が高まっている企業)になっているところはほとんどありません。不動産テック企業はどの分野のサービスでも、事業としてはまだまだ小さい会社ばかりです。ユーザー数から見ても、どこもソリューションになっていない。
裏を返せば、どの企業も小さいがゆえに、導入コストが低く、1つを導入することであらゆる面をカバーできるサービスはまだないということです。
だからこそ、サービスを導入して、最低利用期間までに合わないことが分かればやめる。合う・合わないをどんどん決めていく。合うサービスを探していかなければなりません。
業務のなかで、どの部分をDXさせるかは、企業によって異なります。当社のように、コミュニケーションのタッチポイントをデジタルにしているサービスもありますし、それ以外にも内覧、契約、査定など、どれが自分たちの費用対効果が良く、業務負担が少なくなるのかを試していかないといけないと感じています。
―そういった感度が高い不動産会社は増えていますか。
徐々に前のめりになりつつありますが、まだまだ気付いていない会社が多いですね。
我々の感覚では、「他社がやっているのを半年見て、さらに半年検討してみよう」といった感度の会社が多い。一方で、今回のコロナによって、事業にインパクトがあらわれた企業ほど、焦り始めていますね。
―先ほど不動産会社は「人と会うこと」を重要視していたという話がありました。そういった会社がいきなりチャットツールを入れても、不動産会社がやりたいコミュニケーションはできないかもしれません。
当社の「アトリク」も、不動産会社にとって望むコミュニケーションができているかは、今後も考えていかなければならない部分ですね。
一方で、全てを不動産会社に迎合するのではなく、「こういった方法で使ってください」と、チャットを使った新しいコミュニケーション方法を指南する立場でなければならないとも思っています。
賃貸業務向けチャットサービス「アトリク」
ユーザーとの接点が変わっていくなかで、より良いコミュニケーションを提示していく。使い方や機能の拡充、オンラインセミナーなどで、促していくことがベターなのかなと考えています。
また、不動産会社のメールや電話を使ったコミュニケーションは、「今度いつご来店されますか?」という確認が目的でした。結局は来店を促していました。
それならば、対面で顧客と作っていた親近感の醸成を、どのようにチャットに置き換えられるか、その方法を提供していかなければなりません。
―来店しないコミュニケーション方法を提供する。
また、コロナによる緊急事態宣言が解除され、外出がある程度自由になる時点まで、営業社員が見込み客をどうやってグリップし続けておくかも重要だと考えています。
営業ができるまでグリップし続けるためにコミュニケーションを取らなければなりません。そういったなかでは、ビジネス形式のメールではなくチャットが有効でしょう。「緊急事態宣言、大変ですね。落ち着いたらまたこの話再開しましょう」といったフランクなコミュニケーションが可能ですから。
―様々な方法を模索しなければならない局面を迎えていますが、当面は不動産事業者にとって厳しい状況が続くかもしれませんね。
不動産会社は、営業のやり方を変えなければならない。少しでも余力のあるうちに、未来に向かって新しいコミュニケーション方法を使い、契約までの過程にいかに付加価値を与えられるのか。
これまでのどんな経済危機でも、人と会ってはいけないということはありませんでした。私は、阪神大震災や東日本大震災を被災し、リーマンショックも経験しました。しかし、災害は道路やインフラが直れば生活や流通は戻り、リーマンショックでも一般の消費はなくならなかった。
人と人のコミュニケーションが止められたことは、とても大きなインパクトです。コミュニケーションが変わらざるを得ないなかで、今までのやり方を捨てられるかが、今後不動産会社が生き残る道だと思っています。