遠くない将来、不動産テックによって不動産ビジネスは劇的に変化すると言われている。これまでの商慣習や仕組みが変わり、無数の新ビジネスが生まれるかもしれない。
不動産テックに関連する企業経営者や行政機関などに取材し、不動産テックによって不動産ビジネスがどう変わっていくのかを考えてみる。今回は、アクセルラボ(東京・千代田区)の小暮学社長に話を聞いた。(リビンマガジンBiz編集部)
アクセルラボ・小暮学社長 撮影=リビンマガジンBiz編集部
―提供されているサービスについて教えてください。
スマートホーム化が簡単にできるIoT機器や不動産会社の管理業務の効率化が可能になるプラットフォーム「SpaceCore(スペース・コア)」を開発、提供しています。
物件にIoT機器を設置し、入居者に専用のアプリを提供することで、住まいをスマートホームにすることができます。アプリでは管理会社とコミュニケーションすることが可能です。管理会社は管理画面を通じて顧客管理やオンラインでの対応、インフォメーション通知などを行うことが可能です。
「SpaceCore」 画像提供=アクセルラボ
そのほかにも、入居者は「SpaceCore」と提携している家事代行や家具レンタルといったサービスをアプリから利用することもできます。
―入居者にはスマートホームを提供し、管理会社には業務効率化につながるサービスを提供している。
管理会社には、提携している家事代行サービスやストレージサービスで得た利益を当社とシェアすることで新しい収益モデルも提供しています。
2019年8月に正式リリースしました。本格的に営業開始をしたのは2019年10月からです。まだ半年ほどの新しいサービスなのですが、2020年3月現在、「SpaceCore」の導入物件数は1万4,000戸です。
―短期間でかなりの導入数です。どのように広げられたのでしょうか。
導入先は入居者へのサービス提供や管理に課題を感じている管理会社やデベロッパーが多いですね。賃貸住宅の管理については、ペーパーレス化が進んでおらず、特に入居者とのコミュニケーションに大きなコストがかかっています。対応する業務負担も増加している中で、当社サービスを選んでくださっています。
また、新しい収益源を探している企業や、入居者向けの付加価値としてのスマートホームに興味を持たれる事業者も増えています。
―IoTやスマートホームには社会的な関心も高いですね。
不動産業界は、これまで建物や構造といったハードウェアを進化させてきました。しかし、これからはソフトウェアが不動産開発に大きく寄与していくと考えています。家専用のコンピュータ、つまりスマートホームが当たり前の時代になると思っています。
これは他の業種でも起こっていることです。自動車業界は、かつてはメカニックの世界でした。メカとはハードウェアですね。しかし、今では全ての自動車にコンピュータが入っています。コンピュータによって速度や燃費など、あらゆるものが制御されています。見かけにはわかりませんが、自動車はソフトウェアの世界になっているのです。
不動産も同じように、徐々にソフトウェアの世界になりつつあります。
アメリカのある調査データでは、1,700万世帯がスマートホーム化されているといわれています。1,700万世帯といえば、関東一都三県と同じぐらいの世帯数ではないかと思います。一方、日本ではスマートホームは2%ほどしか普及していません。当社で行った調査では、日本国内でのスマートホームの認知は6割近くありました。これだけ認知があると言いうことは、日本も遅かれ早かれスマートホーム化への流れが生まれるでしょう。
そういったとき、家全体をコントロールする、家のOSを作ることが重要になるのです。
―「SpaceCore」はIoT機器を通じて家をコントロールするプラットフォームになろうとしている。
そうですね。当社が自らIoT製品を作っているわけではありません。
国内外のIoT機器を相互に繋ぎ込んで、家をスマートホーム化するためのプラットフォームの役割です。
「SpaceCore」 画像提供=アクセルラボ
例えばスマートロックは、様々な企業が提供していますが、取り付けただけでは意味がありません。どの部屋の、どのロックが、どの番号で開くか、番号を変える権限を誰が持っているかなどをクラウド側で管理できるようにする。これがプラットフォームです。
また、部屋を明るくするという場合も、単に電球を点けるだけが解決方法ではありません。カーテンを開ければ済む場合もあります。そういった様々な目的にあわせてIoT機器を通してさまざまな設備をコントロールするプラットフォームが「SpaceCore」の役割だと考えています。
―管理会社は、設備投資を行って業務を改善していこうという姿勢があるのでしょうか。
管理会社の危機感は高いと思っています。
2030年には、世の中の3分の1が空き家になるといわれています。
数十万戸を管理している管理会社では、首都圏だけではなく地方の物件もたくさん持っており、地方の物件は確実に収益性が落ちます。
一方で、今まで管理会社は入居者という資産をなかなか活用できていなかったと思います。
これまで、オーナーからの管理費だけを収益としてきたことが、おかしかったのかもしれません。「SpaceCore」を使うことによって、さまざまなサービスの利益シェアすることが可能になるのであれば、十分に新しい収益モデルになると考えています。
―小暮社長は、アクセルラボの親会社で不動産事業を行っているインヴァランス(東京・渋谷区)も経営されています。アクセルラボの設立や「SpaceCore」を提供するきっかけは何ですか。
海外のマーケットから影響を受けました。海外では、IoTと繋がった住宅が当たり前になっていっている、ということを考えたからですね。
一方で、住宅の管理に関わることは、テクノロジーの力を使って業務を簡素化したり、工数を減らしたり、コミュニケーションを密に取ることで、新しいビジネスチャンスが生まれる、とも思いました。
2015年からサービスの開発を始め、2017年に「SpaceCore」の前身サービス「alyssa.(アリッサ)」を自社に向けてリリースしました。鍵とお風呂、エアコン、電気を操作することができるものです。
すると、入居者から大変好評でした。内覧時にスマートフォンで操作すると「こんなことができるようになったんですね」と、とても喜んでいただけた。
―そのほかにも効果はあったのでしょうか。
インヴァランスでの実証実験として「SpaceCore」や「alyssa.」が入っている物件では、周辺相場と比べて家賃が平均24%上昇しました。最大で4割上昇した物件もあります。
―IoTやスマートホーム、業務効率化といった分野では競合となるサービスも多いと感じます。差別化のポイントはどういった部分でしょうか。
他のスタートアップができない規模の投資を、親会社から受けることができるということです。その資本で圧倒的な開発力を持つことができています。
「SpaceCore」は後発のサービスです。
しかし、ソフトウェアの世界は、新しい技術が生まれるので後発の方が有利だと考えられています。
現在も、1~2週間に1回は新しい機能を追加しており、2020年9月までに30以上新機能を追加する予定です。
また、インヴァランスが保有・管理している物件で実証実験できるという点も大きいでしょう。IoT製品は実際に使ってもらえるまでに高いハードルがあります。他社にはない環境を持っているということで、多くのデベロッパーや管理会社に賛同いただいているのだと思います。
―管理会社以外にも、デベロッパーや戸建てビルダーといった売買系の不動産会社の利用も多いのですね。
デベロッパーやアパート土地活用系の企業も多いですね。
不動産業界は、超大手と呼ばれている不動産会社があったとしても、市場を寡占化されていません。不動産市場は株式市場と同じくらいに巨大で、1社が寡占化することは不可能に近い。
我々は、大手企業にも導入いただくことはもちろんですが、パイとして大きい中小の管理会社やデベロッパー、戸建てビルダーに向けてサービスを提供していきたいと思っています。
―アプリを介しての入居者とのコミュニケーションは、どの程度効率化されるのでしょうか。
数値化することは難しいですが、管理会社の業務のなかで30%は電話や郵送なのコミュニケーションだといわれています。それらを効率化します。
また、分譲マンションの管理会社であれば、管理組合に向けての手紙を年に3回送らなければなりません。内容を確認し、印刷機を動かして郵送する。こういった作業にはかなりのコストがかかっています。コスト計算すると1棟あたり紙のコストだけで年間数百万円かかっています。
それらも全てアプリ上で通知することができるため、コスト削減することができます。
―不動産テック会社として、成功している企業と失敗している企業の違いは何だと考えていますか。
今、マネタイズできていて、黒字化できている企業はあまりないと思っています。新しい分野を根付かせるのは、それくらい難しい。これも簡単に寡占化できない理由だと思っています。
ただ…営業力は重要です。
不動産テック企業にはまだ営業力が不足していると感じています。BtoCの商品であれば大きく広告施策を行えば良い、という考えもあるのかもしれません。しかし、BtoBではある程度の営業力が必要だと思っています。
―今後の展望はありますか。
2020年9月までに「SpaceCore」の導入物件数を10万戸以上にすることが短期の目標です。
そして、ゆくゆくはスマートホームの事業会社としては、日本国内のデファクトスタンダードを取りたいと思っています。
そのためには、「SpaceCore」の認知を獲得して行きたいと思っています。どれだけ高機能でも使ってもらえなければ意味がありません。これからも、広く使ってもらえるようなプロダクトになるために、日々改善していくことが大切だと思っています。