リマールエステート・赤木正幸社長(撮影=リビンマガジンBiz編集部)
遠くない将来、不動産テックによって不動産ビジネスは劇的に変化すると言われている。
これまでの商慣習や仕組みごとかわり、無数の新ビジネスが生まれるかもしれない。
不動産テックに関連する企業経営者や行政機関などに取材し、不動産テックによって不動産ビジネスがどう変わっていくのかを考えてみる。
今回は、不動産売買仲介プラットフォーム『キマール』を提供するリマールエステート・赤木正幸社長に話を聞いた。リビンマガジンBiz編集部)
柔らかい口調で、ズバリと話す。
「不動産業界は『ねつ造』と『隠蔽』の世界です」
だが業界の歪みを根こそぎ変えるといった、正義をぶつことはしない。
「不動産の取引では、相手に応じて情報を少しずつ変えて、それを小出しにして交渉していく。それが、『ねつ造』と『隠蔽』という意味です。この商習慣を理解したうえで、テクノロジーを使わなければ、効果的なものにはならないと思うんです」
自身が森ビル系のリートなどで不動産取引を学んだ。2016年に不動産テック事業を主軸にした会社リマールエステートを設立。二人のエンジニアと不動産テックサービスの開発に取り組む。
今年3月に不動産の実務に即したサービスとして、「キマール」を発表した。不動産の売買や売買仲介で必要な膨大な資料を、デジタルで一括管理ができるサービスだ。どこまでを売り先に見せて、どこまでを買い手に見せるかなど、細かく管理できる。
「発想は単純です。売買の資料を効率的にやりとりができる。効率化した分だけ、コンサルティングに力を入れられるようになる」
地に足をつけて、不動産業界を変えていく。
しなやかに、着実に。
―不動産テックの現状についてどう思いますか。
「不動産テック全般をみると、コストの負担者をしっかりと把握できているか否かで明暗が分かれているように思います。例えばIoT、利用者である入居者にとって便利なサービスでも、コスト負担者であるオーナーにメリットを示せない場合、導入を苦戦している場面が見受けられます。当社がリリースした『キマール』は売買仲介業務を支援するサービスであり、不動産仲介会社や信託銀行が導入することを想定しています。システム利用料というコストを負担する不動産仲介会社や信託銀行に対しては、効率化だけでなく仲介成約率や内部統制の向上といったメリットを提供します。
―不動産業界の実務に即したサービスを構想していますね。その中で、変えていける部分をどう捉えていますか。
「不動産業の中に物件情報の「ばらまき」があります。必要とされる情報を、必要とする人に届けなければならないのですが、ターゲティングが曖昧な場合は、とにかく到達数を増やすために「ばらまき」が行われます。それでもほとんどの情報は必要とする人にはたどり着かない。さらに、顧客情報がない状態で様々な立場の方達から問い合わせが来てしまい一律に対応せざるを得ないため、お互いが「違うな」といったミスマッチが頻発する。これを繰り返していると、物件情報の「ばらまき」と顧客対応に謀殺されるため、成約数を増やすことにはなかなか結びつかない。昔から、不動産は「情報と人脈の世界」と言われるように、情報を必要とする人たちの状況や条件をきちんと把握して、濃い人間関係を構築したビジネスを展開することが、成約率を高めていくことに繋がるとともに今後も改めて必要だと思います。最近では柔軟性の高い様々なシステムが出てきているので、データベースをきちんと切り分ければ、「情報と人脈の世界」が意外にシステム化できます。『キマール』はまさに、ここの部分を実現できるシステムです。」
―「不動産業界は『隠蔽』と『ねつ造』の世界」など、冷静な現状認識をしているように思います。
「これは社内のエンジニア達との議論で出てきた言葉です。ITやシステム系の人と不動産系の人では情報に対する考え方が全く違う。不動産側にしてみれば、欲しい情報というのは「自分しか知らない情報」です。さらに、それぞれ微妙に条件を変え、これと思う相手に渡す。このような「情報と人脈の世界」を、エンジニアは「隠蔽」と「ねつ造」の世界と評したわけです。一方、ITやシステム側にしてみれば、情報というのは「大量にコピー可能な情報」です。「隠蔽」と「ねつ造」の世界をどのようにシステム化していくかが重要であるとともに、物件情報や顧客情報、そしてそれぞれの情報のやりとりをデータベースとしてきちんと残していくということも重要です。」
―データが残ることで何が可能になりますか。
「例えば、今は、物件の情報が一般的に何社程度に紹介されているかということすら知られていない。何社くらいに渡せば成約するのか、それは金額によって違うのか、それとも別の要素によって違うのかも当然分からない。また、たくさん紹介した方が成約が早いのか、それとも少数に絞った方が早いのかも分からない。さらに、資料をどのような順番で出すと、相手が検討してくれるのかも分かっていない。こうしたことは、会社や担当ごとになんとなく経験や感覚があるが数値化はできていない。『キマール』のようにクラウドで情報や資料をやりとりすれば、それが数値化されデータとして蓄積できるため、仲介をどういう形で行えば成約に結びつくのかが分析可能となります。また、このようなデータがあってはじめてAIの活用が可能になります。」
(撮影=リビンマガジンBiz編集部)
―AIによって不動産会社の業務が変わり、職を失う人もいるといわれています。
「売買仲介の世界は、AIに職を奪われるまでにはまだ時間がかかりそうです。そもそも、使えるデータをため込んでいく仕組みがないのだから。もしデータが蓄積され、例えば、物件の資料をこういう順番に出した方が良いとAIが学習できれば、まずは物件概要、次に謄本、そしてレントロールといった順番を基本とし、お客さんの反応を見ながら自動で物件情報の提出をオートメーション化ができるかもしれません。しかしながら、データ蓄積の段階を飛ばしてそこまでいきなり行くのは困難です。また、売買仲介は賃貸仲介と異なり、案件の個別性が高いため、AIでは代替できない領域も多いのも事実です。
ITやシステム系の人が失敗を犯してしまう「情報の取扱問題」があります。例えば、仲介AがBとCに紹介し、さらにCがDに紹介する場合。CはBのことを知りえないし、DはAやBのことは知りえない。Bが追加で資料を送っていてもAは知りえない。このように、絶対に知りえない情報の壁がある。ITやシステム系の人からしてみれば、デジタル情報はコピーして拡散させるものであるから、Aのためには情報が今どこまで伝わっているかを把握できるほうがよいと考え、BCDの全ての情報をAが見られるようなシステムを発想します。でもそれは絶対に駄目。不動産業界の作法を犯しているから。」
―あくまで不動産業界の商習慣にそうかたちでサービスをつくるのですね。では目標とするのは、不動産営業の可視化ということですか。
「不動産売買仲介の可視化ですが、取引内容や会社ごとの特徴は、可視化できるとともに類型化できると考えています。これまでの不動産営業における「勘と経験と度胸」という部分を、可視化し、類型化によって効率化・付加価値化していくことが、当面の到達点です。」