相続開始後の不動産の権利と登記
前稿でご紹介したように、相続が開始されることにより被相続人の財産上の権利義務の一切は相続人に包括的に承継されます(民法896条)。
そして相続人が複数いる共同相続の場合には、個々の財産に対する権利は共同相続人の共有となり、この状態で後の遺産分割手続きを待つことになります。
他方、被相続人が所有していたある不動産の名義はそのまま故人の名義の状態になっていることが通常であることから、この時点で実際の権利者である共同相続人と登記名義に不一致が生じていることになります。
ここで、不動産登記をめぐる二つの代表的なトラブルの事例をみて行きたいと思います。
以下、Aが死亡し、その子X及びBが共同相続人、甲土地を共同相続、Yが取引の相手方という設例で考えてみましょう。
トラブル例1
Aの相続開始後遺産分割を待つ間に、Bが甲土地の自己の持分につき登記を備えYに売却を行ったが、後の遺産分割により甲土地の帰属はXの単独所有となった場合
この場合、XがYと争っているのは、甲土地のうち共同相続によりXBの共有となり遺産分割後にXに帰属した当初のBの持分2分の1の権利についてです。
ところで、民法909条は遺産分割の効力を「相続開始の時にさかのぼって」定めることから一見Xの権利が優先しそうにみえます。しかし、同条ただし書きはこの効力の遡りにより「第三者の権利を害することができない」と明確に定めていることから、これにより相続開始後遺産分割前に取引の相手方として登場したYは保護されることになります。
この場合、たとえ遺産分割前の暫定的なものであっても、Bはその時点で自己の持分については真の権利者であること自体は疑いもなく、またBの行った持分登記も実体を反映した正しい登記であり、このような正常な取引が後の遺産分割の効力により覆されるべきではない、という法の意図を読み取ることができます。
トラブル例2
Aの相続開始後遺産分割を待つ間に、Bが甲土地の全体につき登記を備えYに売却を行い登記を移転したが、後の遺産分割で単独所有となったXが甲土地を取り戻そうとする場合
事例1と異なるのは、この場合売却処分がなされているのは甲土地の全体であり、Xは当初の自己の共同相続した持分までYに売却されてしまっている点です。
古くから確立した判例に即して結論を申し上げると、Xはこの場合、当初の自己の持分2分の1につきYに対し登記なくして所有権を主張できることになります。
この例では、まず当初Bの持分については、トラブル例の1と同様Yは権利を取得できることになりますが、Xの持分については同じ結論にはなりません。なぜなら、Xの持分についてBは元来無権利であり、Bの行った登記もXの持分に関する限り無権利の登記ということになるからです。
Yからすれば、甲土地の登記全体を信頼してBと取引を行ったと主張するでしょうが、それでもYはXの持分について保護されません。このことをもって一般に“登記に公信力がない”といわれています。
相続後の不動産登記にまつわるトラブル
二つの例の比較で大切な視点は、公的な不動産登記であるからといってこれだけを心の拠り所にしないということです。
不動産登記はあくまで目に見えない真の権利を探る手掛かりに過ぎず、登記の存在が権利を創設したり付与したりするものではないことは、事例2を見れば明らかであることはお分かりいただけたかと思います。
他方、取引の相手方は不動産の名義である不動産登記を信頼して取引に入ってくるわけですから、相続後の暫定的な共有状態の間隙を縫って共同相続人の一人により無断で単独登記がなされて売却に至る、というケースは今後も後を絶たないでしょう。
こういった法律問題でお悩みの場合は、まず専門家にご相談することが大切です。
その前提として登記制度はこのような概略であると知っておくこともまた大事でしょう。