退去の理由、知っていますか?〜賃貸管理の盲点と10年後も生き残る秘策〜

賃貸仲介ビジネスは大きく変化しています。賃貸仲介業領域を得意とするコンサルタントの南智仁さんが、賃貸仲介の現場で繰り返される新しい風景を独自の視点で伝えます。

首都圏の賃貸物件は近年、非常に高い稼働率を維持している。特にここ数年は、契約の更新を選択する入居者が増え、退去する割合は比較的低い傾向にある。大きな声では言えないが、都心部の管理会社は「ウハウハ」の状態である。数年前よりも確実に募集賃料は上昇しているし、更新時に賃料値上げを求めることもスタンダードになりつつある。とはいえ、そんな状況でも、一定数の退去は避けられない。都心部の退去数は減っているが、実際、その退去理由には、多種多様な理由が存在することを忘れてはいけない。
まず、最も一般的な退去理由の一つが、入居者のライフスタイルの変化だ。結婚や同棲によって居住人数が増加することで、より広い部屋や家族向けの物件への移動が必要になるケースは多い。また、転勤や進学といったキャリアの変化に伴う引っ越しも、よく見られる退去理由の一つだろう。それだけではない。「より良い環境に住みたい」「より設備の整った物件に引っ越したい」といった、生活の質を向上させるための退去もある。単純に「新しい環境に住んでみたい」という気分転換的な理由も、少なからず存在する。
これらの理由は、入居者の個人的な事情によるものであり、管理会社や物件のオーナーが直接的に防ぐことは難しい。しかし、すべての退去がそうした前向きな理由ばかりではないという点に注目すべきだ。「現在の物件に満足できない」というネガティブな理由で退去するケースも無視できない。
例えば、隣人や上下階の住人の騒音に悩まされるケースは非常に多い。駅からの距離が遠すぎる、壁が薄くプライバシーが確保できない、共用部分の清掃が行き届いていない、エアコンが故障しているのに修理が遅いといった不満も、よく聞かれるものだ。こうした問題の多くは、管理会社の対応次第で大きく変わる要素でもある。
実際に、以前支援させて頂いた管理会社が複数の退去者に退去理由をヒアリングしたところ、「建物そのものの問題」や「周辺環境の問題」よりも、「管理会社の対応の悪さ」による退去が想定以上に多かったことが明らかになった。これは非常に示唆に富む結果である。本来であれば設備や環境の問題があったとしても、迅速で適切な対応を行えば、入居者の不満は軽減され、退去を防げる可能性が高い。しかし、管理会社の対応が遅い、または誠意が感じられない対応だった場合、入居者は我慢できなくなり、最終的に退去を選択してしまうのだ。
ちなみに賃貸管理業において、最も重要な指標の一つが「稼働率」だ。この稼働率を高く維持するためには、「新規の入居者を獲得すること(リーシング活動)」と「現在の入居者の満足度を向上させること」の両輪が必要になる。しかし、長く賃貸事業を続けていると、新規入居者の獲得にばかり目が向きがちになり、既存の入居者の満足度向上がおろそかになるケースが多い。もちろん、結婚や転勤など、管理会社ではどうにもできない理由での退去は防ぎようがない。しかし、管理の質を向上させることで防げる退去も確実に存在する。たとえば、入居者が何か不満を抱えた際に、迅速かつ適切な対応を行うだけで、印象は大きく変わる。騒音問題に関しては、管理会社が適切に注意喚起を行うことで、ある程度の改善が期待できる。また、定期的な共用部分の清掃や設備の点検を徹底するだけでも、入居者の満足度は向上する。
さらに、近年の賃貸市場では、住環境に対する入居者の期待値が高まっている。単なる「住む場所」ではなく、「快適に暮らせる空間」を求める傾向が強まっているのだ。例えば、共用部にラウンジやワークスペースを設ける物件が増えているのも、その流れの一環だろう。また、IoT技術を活用し、スマートロックやスマート照明などを導入することで、入居者の利便性を向上させる取り組みも進んでいる。これらの新たな設備やサービスの提供は、管理会社が競争力を維持するために重要なポイントになっている。
現在、首都圏の賃貸市場は高稼働を維持しているが、これは永遠に続くわけではない。市場が飽和すれば、新規入居者の獲得が難しくなり、現在の入居者をいかに維持するかが重要になってくる。管理会社が今、真剣に取り組むべき課題は、「入居者対応の質の向上」ではないだろうか。
今後の賃貸市場において、競争が激化することは避けられない。そのなかで生き残るためには、「入居者に選ばれる物件」であり続けることが求められる。そのために重要なのは、物件のハード面の向上だけでなく、ソフト面、すなわち「管理サービスの質の向上」に力を入れることだろう。実際に入居者の満足度が高ければ、長期間住み続ける可能性も高くなる。いっぽうで管理物件への不満があれば、いくら立地や設備が良くても、最終的には退去されてしまう。「ただ物件を管理する」のではなく、「入居者の快適な暮らしをサポートする」という意識を持つことこそが、これからの賃貸管理業において、最も重要な視点なのかもしれない。そのためには、今一度、管理業務のあり方を見直し、入居者の視点に立ったサービスを提供することが求められるのではないだろうか。