「地面師たち」に見る社内決済という名の落とし穴
賃貸仲介ビジネスは大きく変化しています。賃貸仲介業領域を得意とするコンサルタントの南智仁さんが、賃貸仲介の現場で繰り返される新しい風景を独自の視点で伝えます。
この数ヶ月の間にお会いした不動産業界の人のほぼ全員がNetflixのドラマ「地面師たち」を見ていた。業界内の会う人、会う人が「『地面師たち』見ました?」とまるで挨拶のように会話をするレベルだ。実際、世間でも大きく話題になっていたようだし、配信前から注目度も高かったので、同じ業界にいる自分としても、この作品をとても興味深く鑑賞させて頂いた。世間の皆様と同じように私も純粋な感想としては、「面白い!」、「よく出来ている!」とシンプルに感じた。
いろいろなメディアで言われているように、こうしたドラマは、民放などでの制作は難しいだろう。それなりに制約がなく、かつしっかりと予算と時間をかけられなければここまでのドラマは作れないのではないかと思う。
ちなみに不動産業界にいる身として感心したのは、何よりもドラマで演出されるディテールの細かさだ。大型の案件の決済現場での会話、ブローカー的な業者の存在など、リアリティを感じることも多かった。だが、不動産業界は、当然のことながらこうした「怪しげな人たち」が業界内で日常的に暗躍していて、そうしたかたにしょっちゅう出くわす業界ではない。通常は、形式通りに取引が行われることが大半だ。
ただ、あまり大きな声では言えないが、数多くの取引の中には、「なんだか怪しげな取引」というものも無くはない。実際にそうした話を職業柄聞くことも本当にごく稀にあったりもする。
ちなみに、同業界の人たちとこの「地面師たち」について話しているなかで、何よりも盛り上がったのは、山本耕史扮する青柳が所属する石洋ハウジングの社内風景だ。大型案件の決済後に意気揚々と部下を引き連れ、キャバクラで仕事論を部下に自慢気に語るシーンは、長く業界にいる営業マンであれば、多くの人が似たような経験をした、もしくはされたことがあるのではないだろうか。
大手不動産ならではの社内の人事派閥もよく実際の現場で眼にすることがあった。ドラマほどはあからさまではないのと、現在はここまで社内派閥が影響されている不動産会社は減ってきたが、それでも昔は、大企業ならではの派閥の争いというものは、確かに存在していた。このあたりのシーンは、不動産業界のかたに、リアリティを感じることができる代表的なシーンのひとつだろう。
そして、このドラマの中でも、一番共感できるシーンは、「社内決済」のシーンである。このドラマの大きなキーとなるひとつとして、相手先の社内の決済ルールの特異性があげられる。トップの一声や一言が「社内の稟議承認」というリスクヘッジを無駄にするという悲しい現実を、このドラマはなんともリアルに映し出している。実際のところ、社内のガバナンスを敷いて、社内の稟議承認ルートをしっかりと設定している会社でも、こうした「鶴の一声」がこのガバナンスをいとも容易く崩していく現場を、自分も現実世界でそれなりに見てきた。
明らかに事業性が難しい案件で、通常ならば稟議が通過しない案件も、「鶴の一声」で稟議がどんどん承認されていく。またいっぽうで、とても収益性が高く、将来性のある案件でも、トップが「なんとなく起案者にマイナスイメージを持っている」ことで否決されてしまう。こうしたケースは不動産業界だけではなく、世の中のそれなりの規模の会社では、意外と頻繁に行われていることなのかもしれない。
ちなみに、不動産開発の仕事のとても大変なところのひとつとして、「社外」と「社内」の両方に気を使わなければならないことがあげられる。たとえ良質な案件があり、顧客(売主)が乗り気でも、社内でその稟議が否決されれば、案件は進まない。顧客をしっかりとフォローしながら、社内の承認を進めていく作業は、実に神経を使う、ストレスの溜まる仕事のひとつなのである。
また、今回のドラマのもうひとつのキーとして描かれていたのは、石洋ハウジングの青柳のプレッシャーである。大きな案件を失注したがために、急いで他の案件を獲得する。通常はいろいろなチェックをしなければならないのに、自分の評価の失墜を恐れるあまりに、チェック無しで案件取得を進める。こうしたシーンも、同業者の我々には大いに共感できるところがあったのではないだろうか。
今回のドラマのような大型の用地取得のみの話ではなく、物件の買取やサブリースなどの所謂、案件獲得業務のなかで、自分の成績や評価があるために、契約決済を急いでしまう。もしくは、社内の合意を裏ルートを使って無理矢理に早く進めてしまう。こうしたケースは、現実的にも多く存在している。
実際に開発や仕入れ担当者の成績は、その「仕入れの数」を評価指標にされている会社も多くあるのが現状だ。当然のことながら、どの会社も、評価する期間は明確に社内でルール化されている。そうするとどうしてもこの評価期間の間に案件を獲得し、成績を伸ばしたいのは、働くものの心情のひとつだろう。
ドラマ「地面師たち」が不動産業界内でもかなり評価が高かったのは、ドラマ自体の面白さに加えて、こうした「日本の大手不動産会社の社内事情」をリアルに再現している点もあるだろう。
将来、不動産会社のガバナンス体制が進み、「こんなことがあったなんて、ありえない」というように業界内でこのドラマの評価が変わった時こそが、「業界の構造が変わった」と言えるのかもしれない。