不動産会社の師弟関係と独立について
不動産会社の師弟関係と独立について
賃貸仲介ビジネスは大きく変化しています。賃貸仲介業領域を得意とするコンサルタントの南智仁さんが、賃貸仲介の現場で繰り返される新しい風景を独自の視点で伝えます。今回は、不動産業界における師弟関係について取り上げます。(リビンマガジンBiz編集部)
2021年末に、Netflixで配信され話題になったビートたけし原作の「浅草キッド」をご覧になったかたはどれだけいるだろうか?また1987年のオリバー・ストーン監督の映画「ウォール街」をご覧になったかたはいるだろうか?
個人的には前者の「浅草キッド」は、私は10年以上も前に原作本も買っていたほどファンだった。さらにいえば、「ウォール街」も折に触れて何度か見返している。
ちなみに、この2作の映画の共通点として、師匠と弟子(上司と部下)の関係性が物語の基軸となっている。右も左もわからない新人が、その世界に飛び込んでいき、そして師匠となる人間に教えを乞い、そして最終的には師匠をも超えていく。こうした映画は特に男性には非常に共感を得るところが多いのではないだろうか。
また、こうした映画を見てつくづく思うのは、「ひと昔前の不動産会社の師弟関係」に非常に似ているということだ。不動産会社に長く勤めている、もしくは今、独立して不動産会社の社長をされているかたの多くは、一様に仕事における「師匠」がいるような気がする。
ご存じのように、いくらAIが発達し、DX化が進んでも不動産営業は、個人のスキルによるところが多い。たとえば、物件の仕入れであればルート開拓の方法、そして情報の引き出し方などは、「見て覚える」要素がとても多い。また仲介営業も、いかに自分の個性を売るか、という部分が重要になる。新人からすると、こうした自分自身の営業スタイルを持ち、独自の営業手法でどんどん売上を上げていく先輩は、やはり格好よく見えるものだ。
またコロナ前までは(今も戻りつつあるかもしれないが)、とにかく不動産会社は、社内での飲み会が多かった。頻繁に先輩が後輩を飲みに連れて行っていたものである。今後は、こうした文化が復活するのか、衰退するのかはわからないが、とにかく当時は、ここでの先輩の美談や伝説を聞くのが慣例だった。
私も20代の頃から多くの不動産会社のかたと話をしているが、こうした心の師匠を持っている不動産会社の経営者や管理職の人は本当に多い。若い頃に学んだことが、仕事の基礎、もしくは型となり、そしてDNAを引き継いでいく。まるで「浅草キッド」の深見仙三郎師匠と若かりし頃のビートたけしのようだ。芸事があくまでマニュアル通りではなく、個人のスキル的な要素によるところが大きいのも、不動産業と似通っているところなのかもしれない。
ただ、この映画と同様に、こうした師弟関係も「弟子が独り立ち」することで、その関係性は表面上、終了する。部署移動などで関係性が薄くなるケースも多いが、中小規模の不動産会社だと弟子が「独立」するケースが多い。当然のことながら、師弟関係が良好のまま、いわゆる「スジ」を通しておけば、弟子が独立しても問題になることはない。しかし、「スジ」を通してなければ人間関係にヒビが入ってしまう。引き抜き行為や顧客を奪う行為は、これまでの師弟関係が一気に崩壊し、遺恨を残してしまう。このあたりも、紹介した映画との共通点であるが。
ちなみに不動産事業というのは、他の業種に比べて非常に独立がしやすい。元手がかからないため、かなり楽に起業できるのは間違いない。しかし、全くの未経験で独立すると、当然それなりにリスクは高くなる。単純に不動産業務が足りないだけではなく、営業活動の勘どころがわからないために、かなり早い段階で壁にぶつかってしまうだろう。実際に、独立して成功するためには、業務を理解し、そして営業力が強くなければならない。そういった意味でもこの「師弟関係」の時に鍛えられた営業力は、創業時において、大いに役に立つのだ。
では、現在こうしたストロングな師弟関係というのは、不動産業界に相変わらず存在しているのだろうか。あくまで印象でしかないが、こうした関係性を持った先輩、後輩の文化は、かなり減ってきている印象である。以前と比べて、先輩が後輩を連れて酒を飲みに行くことも激減しているし、なによりもコロナ渦でそういった機会自体も一時は皆無になった。そして、現在、不動産の営業テクニック向上施策として、社内でマニュアル整備をしたり、外部研修を使ったり、効率的に育成を実施している不動産会社が増加した。これはこれで全く問題はないだろうし、おそらく今後もこうした傾向は強まっていくだろう。
とはいえ、ひと昔前の「師弟関係」でしか教えてくれなかった「仕事の向き合い方」や「営業テクニック」などは、新人のキャリアにおいて何気に重要な要素があるのかもしれない。私自身もキャリアの最初の頃に仲良くさせて頂いた上司の働き方が自分のベースとして残っている。また、上記のような映画を見るたびに、「こうした経験は大事なのではないか」と感じてしまう。
この4月からも多くの新人が不動産会社に就職、転職してくる。
おそらく多くの不動産会社で新人育成の研修などが実施されるだろう。そんななかで、以前に比べて少ないながらも、どこかの街で新しい「師弟関係」の物語がひっそりと始まっていくのかもしれない。