多数の仲介会社に相見積もりを依頼し、返り討ちにあってしまったユーザーの話
多数の仲介会社に相見積もりを依頼し、返り討ちにあってしまったユーザーの話
賃貸仲介ビジネスは大きく変化しています。賃貸仲介業領域を得意とするコンサルタントの南智仁さんが、賃貸仲介の現場で繰り返される新しい風景を独自の視点で伝えます。(リビンマガジンBiz編集部)
「仲介手数料は、貸主、借主の双方から1ヶ月までしか受領できない、と上限が決まっている。また原則は貸主からは0.5ケ月、借主からは0.5ヶ月の受領が推奨される。ただ、事前の承認を得ると、借主からも1ヶ月分受領することができる」
これが、賃貸仲介の手数料における現在のスタンダードである。各不動産会社も、それなりにこのスタンダードに対応できるように、受付の段階から借主からの了解を得るべく、それぞれ対応を進めている。
仲介手数料に関しては、以前から議論されてきた。それこそ、私がこの業界に入った20年ほど前から、「手数料というものの報酬」に対していろいろと話されてきた。
何が正解かはわからないが、たしかにこういう「手間賃」のような項目はなかなか共通の見解を見出すことは、難しいのも事実である。
この仲介手数料に関して、最近仲介会社に対して、値引きを要求するユーザーが増加してきた。勿論、以前から一定数いらっしゃったが、最近は特にこの傾向は強いようだ。間違いないのは、ユーザーの仲介手数料に対してのリテラシーが上がっていることだろう。
さて、不動産会社の立場からの仲介手数料についての考え方はどうだろうか?
仲介業務を行うにあたって、ほとんど人間が動かずなんの工数をかけずにお部屋の申し込みを取るケースはかなり少ない。内見などが発生すると、間違いなく、人は動くし、反響対応、電話対応や契約手続きなどに相応の時間を使う。
反響があり、応対をし、何件か物件を案内し、申し込みを獲得した後で、「他の会社と相見積もり取ります。もう少し安くなりませんか?」と言われると、本音としては、「これだけ動いて、、値引きかよ」と思う仲介会社が大半かと思う。単純にやりきれないものだ。
家電量販店の店頭で商品の説明を店頭セールスのかたから説明を受け、あとでその商品をネットで購入する。これと同じ理屈といえばそうかもしれない。
商品を見比べて、安いところで購入する。物件を案内してもらって仲介手数料が安いところにお願いする。理屈は同じかもしれない。しかし、上記には決定的な違いがある。家電量販店では、スタッフが店に常駐し、検討している顧客に接客をする。仲介の仕事では、現地まで案内に行き、接客を行う。工数が全く違うのだ。また、家電量販店では、全く同じ商品が複数売られる。しかし不動産に関しては、同じ物件は、ひとつもない。このあたりも大きな違いだろう。
以上のように仲介手数料という概念を掘り下げると、なかなか難しいものだと思われる。しかし、間違いなく言えるのは、とにかく内見だけ都合の良い仲介会社に依頼し、別の手数料を安くしてくれている不動産会社に持ち込むというユーザーの行為は、この「紹介、内見を懸命に行った不動産会社」からすると、とてもそのユーザーの心象が悪くなるということだ。
数年前の話である。
とある不動産賃貸仲介会社の営業メンバーと酒席で話す機会があった。
「とんでもないお客さんに会ったんですよ」
彼は、普段は物静かなタイプだが、その日は憤慨していた。
「一度に複数の物件をお問い合わせ頂いた男性のお客様がいたんです。私が担当になり、早速このかたにメッセージをしました」
一度に複数物件を同じ会社に問い合わせるケースはよくあることだ。
「お客様と土曜日にアポイントを取り、丸1日かけて、複数物件を見て回りました。お客様はとても細かくて、ひとつひとつの部屋を採寸していくんです。内見は、だいたい長くても、そのお部屋自体にいるのが20分程度だと思いますが、そのお客様は、1つの物件に40分程度いらっしゃったと思います」
夕方頃になり、日が暮れた時、ようやく最後の物件になりました。 最後の物件に入室した時、お客様の目は輝きました。そして若干、興奮気味に私にこう言いました。
「決めました!この部屋にしたいです」
私もホッとし、お部屋のなかで申込の手順の説明を致しました。
通常ならこのままお店で申し込み手続きをするのですが、どうやらお客様は、急いでいたらしく、明日の午前中に連絡すると伝えて、その日は解散しました」
彼はそこで一息おいた。
次の日の朝、お客様からの連絡はありませんでした。私は不安になり、何度かお客様に連絡しましたが、返信はありませんでした。
どうやら他の物件にお申し込みされたんだなと思いながら、数日後、もう一度、メールをいたしました。営業力の無さが原因なのでしょうが、どうしても納得がいかなくて。しばらくしてお客様から返信がありました。
「お世話になります。申し訳ありませんが、私の知り合いの不動産会社に手数料を安くして頂けるようなので、今回はそちらにお願いします。ありがとうございました」
我を忘れるぐらい頭にきました。しかし、そうはいってもしょうがありません。ただ、どうしても釈然とできないんです。タダ働きだ、なんて言う気はありませんが、あんまりだなと」
あまりにも酷な話だが、全くない話ではない。
しかし話はこれで終わらなかった。
「なんとそのお客様から数日後に連絡があったのです。「今日、至急物件を見たい。そうしないと引っ越しができなくなる」と電話でお客様は言いました。理由を聞くと、ネットに掲載されていた仲介手数料の交渉はどんどんしたほうが良い、という情報を鵜呑みにして、いろいろな仲介会社から仲介手数料の相見積もりをとっていたそうなんです。気に入った部屋の申し込みを入れて、手数料の安い仲介会社が見つかればキャンセルして、再度別の仲介会社から同様の部屋を申し込むと。それを繰り返すうちに、逆に複数の管理会社さんからもお申し込みをお断りされるようになり、さらには、仲介会社からも相手にされなくなったみたいなんです」
これは当然と言えば当然の結果である。
管理会社からすれば、同じ部屋に何度も申し込みをする人に対して強烈な不信感を持つ感募る。また、仲介会社からしてみれば、「どうせ安い同業者に行くんでしょ」と思われ、相手にしてもらえなくなる。
私は聞いてみた。
「結局、そのお客様の対応はされたのですか?」
「いえ、弊社でもお断りしました。お知り合いのかたに安くして頂けるんですよね?そちらに行かれてはいかがですか、と」どの物件を選んでも、どの不動産会社を選んでも、ユーザーは良い。当然、それに対しての決まりごとはない。
自由選択だ。
ただ、仲介会社も同様に顧客を選ぶ権利はある。
なにせ人間が動いているのだ。仲介会社としても、「これ以上の要求をされたらNG」と決めなければならないし、時には毅然と断ることも重要だ。
難しい問題ではあるが、今後も上記のような問題は、増えていくだろう。