(撮影=リビンマガジンBiz編集部)

■書名:伊藤潤二傑作集11『潰談』
■著者:伊藤潤二
■出版:朝日新聞出版
■定価:1,100円+税

人は、好きな場所や愛着のある街を度々訪れたり、そこが気に入れば定住したりする。では、反対に二度と行きたくない場所があるなら、人はその場所にどう接するのだろうか。

漫画家・伊藤潤二による『地縛者』は、場所と過去の記憶が強く結びついたときの人間の精神世界を抽象化し、行動様式に反映させた作品である。

ある日、街で奇妙なポーズをとったまま、微動だにしない人々が現れた。
彼らは「地縛者」と呼ばれ、たとえ家族が迎えに来ても動くことはなく、警察によって無理やり連行されても、いつの間にか戻ってきてしまう。当初は好奇の目で見られていたが、やがて全国で地縛者は増加の一途をたどり、次第に気味悪がられるようになる。

民間ボランティア「青空の会」の浅野は、地縛者の支援やサポートの活動をしていた。地縛者は、皆特定の場所に固執する特性がある。はじめは、強い愛着を持っている場所にとどまっていると思われてた。しかし、浅野が地縛者とやり取りするの中で、実際はその場所で犯した罪の意識によって囚われているということが次第に明らかになっていく―。

罪の意識、とまでは言わないにしろ、何かしらの後ろめたさや心咎めを感じる場所は皆誰しもあるのではないだろうか。普通であれば、誰もそういった場所には行きたいくない。しかし、伊藤はその場所に心だけではなく肉体を縛ったのだ。


「地縛」は「自縛」…あくまで心の問題だと考えています

浅野が、地縛者の母親に告げる言葉だ。確かに、我々も何かの罪を感じたとき、ひっそりと自分の心を縛り、罰しているのかもしれない。愛着よりも、後悔や自責がより強く人の心を縛る。一時の感情や衝動で、取り返しのつかない結果を招いたとき、人は自縄自縛してしまうのだ。本作では表面には出ない心の動きと、肉体の縛りを可視化したのである。

地縛者たちは、次第に身体がセメントのように凝結し、無理に引きはがそうとすると割れて砕けてしまう。「地縛」が心の問題だと考えると、罪による自身への呵責によって精神が崩壊してしまったと考えることができる。誰からも罪を指摘されずとも、自身で罪を認める限りは、心は蝕まれ続けていくのだ。

伊藤潤二は巧みな構図や表現力で魅せる画力に加え、独自性のテーマ設定や登場人物たちのリアルな行動が評価され、デビューから30年近く経った今でも第一線で活躍している。伊藤の作品は、突飛なストーリーでもどこか登場人物に共感できる。ホラーの誇張表現の中にもリアリティがあるのだ。

人はどういった生き物なのかを常に考え、的確に描写できるのは、凡百のホラー漫画家とは一線を画しているポイントだろう。

(敬称略)

 
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