『決断 そごう・西武61年目のストライキ』/寺岡泰博・著/講談社
2023年8月31日、池袋で行われたそごう・西武労働組合によるストライキは、各メディアで大きく取り上げられ、世間の注目を集めた。百貨店として61年ぶりのストライキは、そごう・西武の親会社セブン&アイ・ホールディングスが、米ファンドのフォートレス・インベストメント・グループに同社を売却する報道がきっかけだった。
特に焦点となったのは、池袋の顔ともいえる”巨艦店”・西武池袋本店の行方だ。フォートレスによる買収は、名目上2,000億円以上の有利子負債を抱えるそごう・西武の企業価値向上を目指すとされていた。しかし実態は、そごう・西武の不動産をヨドバシHDに売却し、西武池袋本店の家主をヨドバシカメラにするというものだった。
現在、池袋西武本店は改装中で、百貨店としての売り場面積は50%削減され、残りのフロアはヨドバシカメラになる計画だ。店子となった西武百貨店は、定期借家契約終了後、残ったフロアからも退去を求められる可能性がある。百貨店として日本第3位の売上、年間の来店客数7,000万人を誇る西武池袋本店の存続が危ぶまれているのだ。
そごう・西武の企業価値は2,200億円と算定され、有利子負債と相殺されて実質的な譲渡額は8,500万円だった。一方、西武池袋本店をはじめとした8カ所の鑑定評価額は3,800億円とされており、不動産価格だけを見ても、そごう・西武にとって不当な企業売却とも捉えられかねない。
ストライキは、そういった行き先不安なそごう・西武の従業員の雇用や事業継続を訴える百貨店人たちの心の叫びだった。
本書『決断 そごう・西武61年目のストライキ』は、そごう・西武労働組合・中央執行委員長の寺岡泰博氏自らが、売却報道から”スト決行まで、五七七日間の苦闘”の日々を綴ったものだ。
労働組合は、セブン&アイHDの経営陣に対して、「雇用の維持」「事業の継続」「情報開示」の3点を求めての交渉を続けていた。本書によると、親会社であるセブン&アイからの誠意ある態度は、結果的に譲渡契約が締結されるまで一切なかったという。
寺岡氏をはじめとした組合員や従業員たちは、事業売却や株式譲渡に関する情報を、常に報道によって知るという始末で、経営陣による詳細な説明が行われることはなかった。現場を無視した経営陣の采配によって、従業員には不信感や将来への不安などが募ってくる。
このような状況下で行われたストライキは、株式譲渡そのものを否定するものではなく、譲渡に関する事前協議の場を求めての苦渋の決断だった。
コロナ禍によって客足が遠のき、一時は業界全体が縮小した百貨店業界。しかし現在では、インバウンド需要などにより、業界1位の三越伊勢丹ホールディングスの2024年3月期の営業利益は過去最高の543億円、2位の高島屋も大きく業績を伸ばしている。そごう・西武売却の第一報が報じられたのが2022年1月。デューデリジェンスや譲渡のタイミングがもう少し遅ければ、結果は違っていたかもしれない。
本書を通じて、経営者と従業員、経営陣と現場の関係、そして組織に属することの意味を考えさせられる。
著者は、エピローグにて”「会社は誰のものか」という言葉がありますが、われわれ現場で働く従業員も会社を構成する重要な利害関係者であることは言うまでもありません。どんなに優秀な経営者も、現場で働く従業員を無視して会社を率いていくことはできないはずです。”と記し、従業員を会社の重要な利害関係者であると訴える。
不動産業界においても、ときに強烈なトップダウンの会社や、従業員を駒扱いするような企業は少なくない。それどころか、企業ぐるみの不正や違法行為に手を染めてしまう事件も起きている。組織が誤った方向に進んでいるとき、事業の継続やそこで働く人たちを守るために、従業員ができることは何なのか。従業員一人ひとりが会社を構成する重要な存在であることを、改めて意識させる一冊だ。