毎週水曜日配信、「カジコンの不動産業界地獄耳」
業界歴21年、不動産会社専門コンサルタント 梶本幸治さんが、不動産業界で見た・聞いた話を紹介します。
今回は、人気がない分譲地にお客さんを連れてきた不動産営業マンのお話です。(リビンマガジンBiz編集部)
「お兄さん、一杯いかがですか?ちょっと寄って行って下さいよ。飲み放題3,000円ですよ」
「社長!飲みどうっすか?マジ可愛い女の子付けるんで!1時間5,000円ポッキリ」
最近は少なくなりましたが、繁華街を歩いているとこんな風に声を掛けられることってありますよね。
いわゆるキャッチ(客引き)行為と呼ばれるものですが、泥酔状態の時ならホイホイついて行ってしまいがちです。…私の話じゃなくて、あくまでも一般論ですよ。
私の知り合いであるNさんは、不動産仲介の営業マンです。
郊外を商圏とするNさんの会社は、中古の一戸建てやマンションよりも、土地の取引を得意にしていました。
「土地の取引が得意」といっても、土地だけ買って家を建てない方は殆どいないワケでして、自然と住宅メーカーとの付き合いが多くなります。
営業成績の良いNさんは、住宅メーカー側から見ると「土地購入後、未だ建てる住宅メーカーが決まっていないお客様を紹介してくれる不動産営業担当」ってことになります。その地域の住宅メーカー界隈ではそこそこの有名人でした。
ある時期、Nさんは悩んでいました。
先月「土地を探して欲しい」と言って来店したお客さんに紹介する土地が、なかなか見つからなかったからです。ありとあらゆる物件情報を見直しましたが、要望に当てはまる土地はありません。
「ん~。物件がないなぁ。これは長丁場になりそうだなぁ」と言いながら、Nさん自分の机の前で大きく伸びをしました。その時ふと、棚に立て掛けてある角2の封筒に目が留まりました。
その封筒には「ニコニコステージ希望タウン<分譲資料>○○ハウス現地案内所」の文字が。
※記事に出てくる分譲地ではありません (画像=写真AC)
この「ニコニコステージ希望タウン(仮称)」とは、大手の住宅メーカーや地元の有力建売業者が共同で分譲している分譲地でした。しかし、もう何年も売れていませんでした。この分譲地の現地案内所へ配属が決まった住宅メーカーの営業マンが即日、退職届を出したほど、販売が困難な「営業殺し」の分譲地でした。
あまりに売れていないため、積極的に広告を出す住宅メーカーも少なくなっていました。
だからこそ、最近土地を探しはじめたお客さんには「逆に知られていない」可能性があります。
そこで、Nさんは半ばダメ元で「ニコニコステージ希望タウン」をお客さんに紹介しました。すると「今週末、見に行きたい」との返事が返ってきたのです。
案内当日、Nさんはお客さんを営業車に乗せて「ニコニコステージ希望タウン」に到着しました。
大きな山を造成して作られた分譲地内は、未だにまばらに家が建っているだけです。各住宅メーカーや建売会社が建てたモデルハウスも古さが目立ってきています。週末だというのに、見学に来ているのは、Nさんたちだけでした。
お客さんを伴って、各住宅メーカーのモデルハウスが建ち並ぶエリアに足を踏み入れた瞬間、全てのモデルハウスから現地販売センターの営業マンが飛び出してきました。
久しぶりに見る新規のお客さんに是非自社のモデルハウスを見て貰おうと、どの営業マンも必死です。そして、お客さんを連れているのは日頃付き合いのある、有名なNさんではありませんか。各住宅メーカーから熱い声がかかります。
「Nさん。こんにちは。是非ウチのモデルハウスを見て言って下さい」
「いやいや、Nさん。当社のモデルハウスを先に見て下さい」
「この中では、当社の分譲区画が一番安いですよ。検討するなら当社の区画を!」
「ウチの分譲区画も安くしますから!モデルハウスも今なら格安でお譲りしますよ。如何ですか?」
まさに繁華街のキャッチ状態。みな自社現場を見て貰おうと、みんな必死です。
その時、Nさんの頭の中には芥川龍之介の『蜘蛛の糸』が浮かんだそうです。
一人のお客さんにすがりつく営業マンはまるで、カンダタが持つ1本の蜘蛛の糸に群がる亡者…。(そしてNさんは仏様…?)
そして、各住宅メーカーのキャッチ行為が最高潮に達したころ、お客さんがNさんにこう告げたのです。
「Nさん、なんだか騒がしいので今日は帰りましょう…。ちょっと怖いし…。」
あわれ1本の蜘蛛の糸は切れ、群がる営業マン達は再び地獄に落ちて行ってしまいました。
ちゃんちゃん。