毎週水曜日配信、「カジコンの不動産業界地獄耳」
業界歴21年、不動産会社専門コンサルタント 梶本幸治さんが、不動産業界で見た・聞いた話を紹介します。
今回は、あの有名漫画家に関係のあるおじいさんの家を査定したときのお話です。(リビンマガジンBiz編集部)
皆さん、漫画はお好きですか?
私はあいにく、そっち方面は不調法でして、子供の頃もあまり漫画を読んだ記憶がありません。しかし世間では、今や漫画は「クールジャパン」のシンボルとして、世界的な認知も受けていますね。
私の知り合いにも「漫画大好き」な若手営業マンが結構います。飲み会などで漫画の話になることもしばしば。今日は、そんな飲み会で聞いた話です。
知り合いのKさんは不動産会社の営業課長で、私とほぼ同年代です。
そんなKさんの部下には「歩く漫画辞典」のような若手営業マン(以下、若手君)がいます。若手君は営業成績が抜群でKさんも可愛がっていました。しかし、Kさんは1点、若手君の「漫画好き」がどうも気に入らない様子で、飲み会の度に若手君を「オタク」呼ばわりしてからかっていました。
先日も、私とKさん、そして若手君の三人で飲みに行く機会があったのですが、その時もKさんは「オタク!オタク!」と、若手君の趣味をいじっていました。その時の会話です。
若手君「課長はオタク、オタクと言いますが、漫画は日本の文化ですよ。」
Kさん「なに言ってんだ。お前みたいに美少女の抱き枕で寝ている奴が、日本の文化を語るなよ!(笑)」
若手君「ぐっ…。なんでそんなこと知ってるんですか…。あの偉大な手塚治虫も漫画家ですよ」
Kさん「手塚治虫の漫画と、お前の好きな美少女漫画を一緒にするなよ…ん?手塚治虫?」
手塚治虫記念館 (画像=写真AC)
手塚治虫の名前を聞いたKさんは、若い頃に出会ったある老人を思い出したようです。
Kさんがまだ駆け出しだった頃、古いマンションの査定を依頼され、そのお部屋に伺ったそうです。
Kさんを迎え入れたのは、俳優の宇野重吉さん似のおじいさん(以下、宇野さん)でした。「好きなところに座りたまへ」と言われたKさんですが、辺り一面足の踏み場もないような状態です。取り敢えず、狭いスペースを見つけて正座をしたKさんの前には、大きな段ボール箱が3つ積み上がっていました。
少し興味をそそられたKさんの表情を見てとったのか、宇野さんは段ボールをおもむろに開けます。
そこには、表紙が赤茶けた古い漫画本や、漫画の生原稿が大量に詰め込まれていました。
宇野さん曰く「私は手塚治虫先生に、漫画の手ほどきを受けていて、当時は少し名前も知られていたんだよ。手塚先生が東京のトキワ荘に移られることが決まった際も、一緒に上京しないかと言われもんだ。しかし、私には漫画だけで食っていく自信がなかった。もしあの時、手塚先生と一緒にトキワ荘に行っていたら、今頃は石ノ森章太郎君や赤塚不二夫君、藤子不二雄の二人などと、同じ世界に生きていたかもしれないのに…」
シクシクと泣き出した宇野さんを前にしたKさんですが、当時からあまり漫画に関心がなかったこともあり「なんだ、嘘つき爺さんか」と興ざめし、そそくさとマンションを後にしたそうです。
話をここまで聞いた若手君が口を挟みます。
「手塚治虫が上京したのは1952年ですから、その宇野さんの年恰好からすると、まんざら嘘じゃないかも知れませんよ。それに、その表紙が赤っぽい古い漫画本ですが、戦後大ブームとなった【赤本】の可能性もありますね。生原稿を記念に貰っておけば、そこそこの値段で売れたかもしれません」
「そこそこの値段っていくらだよ!」とビールを片手に、Kさんは尋ねます。
「そうですね。手塚治虫の美本なら400~500万円くらいの値がつくと聞いたことがありますから…話半分&5割引しても、120万くらいにはなるんじゃないですか?なんの根拠もありませんけど(笑)」と若手君。
120万円と聞いてギョッとなったKさんですが、ビールのジョッキを置くと呟くようにこう言いました。
「まぁ、値段はあれだけど、もっと宇野さんの話を聞いてあげれば良かったなぁ。どこまで本当の話かは分からいけれど、寂しかったんだろうなぁ~」
真偽は分かりませんが、なかなか浪漫のあるお話でした。