毎週水曜日配信、「カジコンの不動産業界地獄耳」

業界歴21年、不動産会社専門コンサルタント 梶本幸治さんが、不動産業界で見た・聞いた話を紹介します。

今回は、恐いお兄さんと弁護士にハメられた営業マンのお話です。(リビンマガジンBiz編集部)


(画像=写真AC)

不動産の仕事をしていると、業績不振に陥った企業の債務整理のため、その社有物件売却をお手伝いすることがあります。

私の知り合いのJさんは、大規模な土地を「分譲用地」として、新築建売会社に仲介する営業マンでした。ある日、Jさんは債権回収会社が実施する事業用地入札情報を入手。そして、最近お付き合いの始まった新築建売会社(以下、新築会社)さんにその情報を提供しました。この新築会社は、ちょうど自社現場が少なくなっていたところで、Jさんに勧められるまま入札に参加し、見事落札に成功したそうです。

この土地はもともと、町工場を営む経営者一族が所有されていましたが、その町工場が破たんし、任意売却(返済が滞った債権を担保となっている不動産の売却を行い、残債を減らすというもの)の入札となったものです。そして、この土地は町工場の業績が好調だった時に、銀行が無理やりお金を貸して購入させ、業績が落ち込んだ時に融資しなくなる、いわゆる「貸し剥がし」を行った案件でした。

雨の日に傘を取り上げ、晴れの日に傘を貸す」って言葉をお聞きになったことはありますか?こういった銀行と企業の付き合いを天気になぞらえた言葉です。

話は戻って、土地の落札に成功したものの、Jさんの仕事はここからが大変です。
各種書類の作成等に追われながらも、なんとか書類一式を整え確認していた時、あることに気づきました。重要書類の内、1枚だけ共有者1名(売主である経営者一族の一人)のハンコがなかったのです。その時は、「あっ、うっかりしていた」くらいにしか考えていなかったJさんは売主様に電話し、ハンコを押して欲しい旨を伝えたそうです。

Jさんの悲劇はココから始まります。

ハンコの不備に気付いてから一週間ほど経ったある日、Jさんの元に一通の内容証明が送られてきました。差出人は「ハンコを押していなかった共有者」で、内容証明には「ハンコも押していないのに、勝手に売却されたので法的措置を取る」と書かれていたそうです。大慌てのJさんは、とにかく当事者全員を集めた協議の場をつくりました。

そして協議当日、見知った当事者の中に一人、知らない男性を見つけました。
俳優の椎名桔平さんに似た男性は、Jさんに近づくと名刺を一枚取出し挨拶をしたそうです。その名刺は和紙製で、ただ氏名のみが書かれていました。この椎名桔平さん似の男前は…暴力団員だったのです。暴力団員の登場で話し合いどころでなくなった協議の場は、僅か30分たらずで散会となり、Jさんは帰社するや否や顧問弁護士に電話を入れました。

結局、通常の話し合いができなくなったため、事件は調停に持ち込まれたのですが、町工場一族側が連れてきた弁護士の顔をみて、Jさんは勝利を確信したそうです。町工場側の弁護士は、えなりかずきさんを更に童顔にしたような容姿、とても頼りになるとは思えません。Jさん側の弁護士も小さな声で「なんだ、あの子供みたいな弁護士は…これは余裕ですね」と呟くや、自信満々に調停室に入って行きました。Jさんも安心して室外で待っていました。

ほどなくして調停室の扉が開きJさん側の弁護士が出てきましたが、先程の自信はどこへやら、尾羽うち枯らした様子です。Jさんは思わず駆け寄って「先生!どうでしたか?」と声を掛けます。

弁護士は一言、「ゴメン。駄目でした。ありゃプロだね・・・」。

後に判明した事の顛末は次のようなものでした。
銀行側の「雨の日に傘を取り上げ、晴れの日に傘を貸す」やり方に憤慨していた町工場経営者一族は、不動売却後に「裏金」を掴ませてくれる不動産会社を自ら探し出したそうです。

しかし、すでに土地は入札によりJさんと新築会社に渡ってしまうことになってしまいました。
そこで工場経営者一族は、わざと重要書類一枚にだけハンコを押さず契約自体をぶち壊し、最後の仕上げに暴力団員を登場させました。暴力団が出てくることを嫌った債権回収会社は本案件に消極的になり、結果としてJさんは孤立無援の状態にさせられたのでした。そして、例の「えなりかずきさん似の弁護士」は、実は不動産案件でメキメキ頭角を現してきた若手敏腕弁護士だったことも判明し、法律面での武装は完璧だったようです。

ハンコ1つの不備で契約が飛んだJさんは、事業用地の部署から異動となり、一般のお家を扱う部署になってしまいました。

あ~怖っ。不動産の取引は慎重に…。

 
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