皆さんこんにちは。
国際不動産コンサルタントの市川隆久です。

前回のコラムでは、私が20代の時に経験したバブルの実態を、マンションの売却による値上がりの状況とともに書きました。

結果として2年で2300万円の利益を得ました。
居住用不動産の3000万円控除を使いましたので、税金はかかりません。
購入時の自己資金は諸費用合わせて300万円くらいでしたので、投下資金に対しての利回りは2年で760%。1年にすると380%の利回りになりますね。

やはり、バブルは凄かった。
中国人もこんな気持ちなのでしょうね。

<不動産の高値は続くと思っていた>
さて、それだけの利益も出ましたが、当時はその後ももっと値上がりする、と思っていましたので、都内のマンションの方が資産価値も高いだろう、という気持ちで、利益のうちの1500万円を自己資金として7500万円の都内板橋区のマンションを買いました。
借入は6000万円でした。

当時の金利は金融公庫で4.5%。民間住宅ローンは6%くらいだったでしょうか。

手元には1000万円を持っていました。
値上がりした2300万円のうち1500万円をマンションの頭金にして、残りの800万円はハワイのゴルフ会員権と外車を買いましたね。
絵に描いたようなバブルでしたね。20代で夫婦共働きでしたからね。

6000万円で当時の金利で、年間の返済総額は450万円くらいだったと記憶しています。
当時のリクリートの収入は20代でもかなり高い収入で、しかもDINKSでしたから。
多少の無理は承知でローンを組みました。
(今思うと無理しすぎですが、当時はそれでも資産価値が上がることの方が良いと思っていました

しかし、これが後々になって、大変なことになります。

<バブルはいつかはじける>
翌年。
バブルがはじけました。
しかも急に。

1990年の8月。
NHKで六夜連続の特番。
タイトルは「土地は、、、まだ上がるのか?(忘れました)」
内容は不動産を買えなかった人の恨み、のような内容も日本人的な番組、でしたね。

この時期に金融引締めを一気に行いましたね。
所謂、不動産総量規制ってやつ。

それからの週末。
私は自分が担当していたマンションの販売センターに行きました。
すると、お客さんが全く来ない。。

他の販売センターも全く同じ状況。

半年前には売出しに人が並んでいたことを思うと、こんなことは、、とにかくびっくりです。

その時は、自分の買ったマンションは当時割安だったので、損はしないだろう、程度に思っていました。

そして、一年後転勤もあり、自宅マンションを貸すことにしました。
これが後々大きな損をすることになります。

その話は次回。それではまた。

 
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