閑静な住環境を志向する人に人気の「低層マンション」
タワーマンションブームに押され、影を潜めている感のある「低層マンション」。こうした低層階のマンションは閑静な住宅地に建設されることが多いため、豊かな自然や落ち着いた住環境を求める消費者からは根強い支持を集めています。
ところが、こうした低層マンションにも“高層化”の波が押し寄せており、“5階建て”の低層マンションが散見されるようになりました。
高級住宅街の1つとして、著名な人々も多く住む東京都世田谷区。同区は適度な空間が確保された緑豊かな住宅地を保全するため、区全域の約9割が住居系の用途地域で占められています。しかも、全用途地域の中で最も規制が厳しい「第一種低層住居専用地域」の割合が高く、そのことが良好な住宅地としての景観維持につながっています。
そうしたなか、過日、世田谷区内のある新築マンションのモデルルームを見学した際、物件概要を見てハッとしたことがありました。そのマンションは第一種低層住居専用地域内にありながら、「5階建て」と表記されていたからです。
建築基準法では、第一種または第二種低層住居専用地域内の建物は、その高さが10メートルまたは12メートルまでと定められています。通常、分譲マンションの階高は3メートル前後のため、高さ制限いっぱい(12メートル)まで建物を建設しても、4階までしか建てられません。にもかかわらず「5階建て」と書いてあったので、不思議に思ったのでした。
「地上4階」+「地下1階」で、建物階数「5階建て」の低層マンション
しかし、モデルルームでマンションの完成模型を見て、すぐに状況が理解できました。「5階建て」とはいっても、そのマンションは「地上4階」+「地下1階」の構造だったのです。地上レベルからみれば「4階建て」のため、高さ制限をクリア(=合法)していました。
建築基準法には特例があり、地下室に関しては全体の3分の1まで容積率に算入しない緩和措置があります(下記参照)。こうした特例を上手に活用しながら、分譲業者は「地下室マンション」を建てています。
世田谷区の条例を見ても分かるように、閑静な住宅街では建築制限が厳しくなっています。そのため、少しでも多くの容積率を確保したい分譲マンション業者にとっては、「地中化」という発想が起死回生の切り札となっているのです。5階建ての低層マンションが誕生する仕組みが、まさに“ここ”にありました。
《参考》容積率不算入とする建築基準法の緩和制度の例
【地下室】
容積率を算定する際に、住宅地下室の床面積を全体の床面積の3分の1までは不算入とすることができる。
【共用廊下など】
容積率の算定に当たっては、共同住宅の共用の廊下または階段の用に供する部分の床面積は、その建築物の述べ床面積には算入しない。
“容積率の呪縛”が、マンションの未来を阻害する
では、なぜ分譲マンション業者は、そこまで容積率にこだわるのでしょうか?―― その根底には“採算主義”といった売り手の理論が存在していました。
マンション分譲業者も事業法人(企業)である以上、当然に利潤の最大化を追求します。容積率が多く確保できれば、その分、マンションの総戸数を増やせます。販売戸数が増えれば、当然、売り上げも比例して増えますので、分譲業者は容積率の確保に知恵を絞ります。限られた容積率に対し、ひと部屋でも総戸数を増やすことで、売り上げアップにつなげたい考えです。
その結果、スケールメリットの効果によって販売価格が少しでも安くなるのであれば、消費者もメリットを享受できます。しかし、採算主義を最優先するあまり、デメリットのほうが強くなっている印象をぬぐい去れません。
本来、分譲業者や設計事務所には、容積率をはじめとする法令上の制限の中で、どれだけ魅力的な空間やデザインを創造できるかが求められます。ところが、効率性ばかりを追求するあまり、間取りは可もなく不可もなくといった平凡なプランに落ち着いてしまいます。これだけ消費者の個性やこだわりが影響力を強める中で、売り手側の都合ばかりが優先され、“押し付け”とも取られかねない間取りのマンションが量産されます。
近年のデザイナーズマンション人気が物語るように、ありきたりの間取りに多くの日本人が飽き飽きしています。それだけに、分譲マンション業者には容積率を捨てる覚悟が求められます。容積率を捨て、あえて無駄を創り出すことで、初めて、そこには上質な住空間が醸し出されます。“容積率の呪縛”からの解放は至上命題なのです。
2017年、分譲マンション業者には“消費者ファースト”の精神を思い出してほしいと思います。そうしない限り、マンションのあるべき姿(未来像)は見えてこないでしょう。