■書名:間取りと妄想
■著者:大竹昭子
■出版:亜紀書房
■定価:1,400円+税
13個の間取りとそれにまつわる13個の物語『間取りと妄想』は大竹昭子による「“世界初”の間取り小説集」だ。
必ず各短編の冒頭に間取り図が載る、少し変わった構成だ。
そのうちの一編「浴室と柿の木」の舞台は、玄関の左手が親の住居、右手が息子家族の住居である二世帯住宅だ。主人公である幹彦の父・昌之は、左手の住居に一人で住んでいた。
左右の住居の真ん中には中庭があり、そこに柿の木が立っている。
二世帯住宅をテーマとした作品では、多くが子ども世帯の視点で描かれることが多い。しかし、「浴室と柿の木」では親目線での心遣いが表現されており新鮮だ。
「昌之は食事のために日に三度(風呂に入る日は四度)、この玄関を横切って息子家族のいる右側の棟に行く。ほんのわずかな距離だがスリッパのままというわけにもいかず、三和土のところでサンダルに履き替える。」
「~同居することになったとき、嫁の澄香さんが、そちらの掃除もしましょうかと言ってくれたが、やんわりと断った。<略>室内は自分で掃除している。部屋に入られるのが嫌なのだ。」
昌之の部屋の柿の木側の窓は、本棚によって潰されている。
しかし、「ちょっとしたいたずら心が芽生えて、窓の部分に当たる背板を一枚くり抜いて取り外しできるようにしたのだった。」
昌之は、夜な夜な『谷崎潤一郎全集』を本棚から抜き出し、背板を抜き、柿の木の先にある浴室を覗く―。部屋には老人の小さな秘密が隠されていたのだ。
同じ屋根の下で暮らす人々にも、それぞれの思惑や意思をもっている。
本書で取り上げられる間取りは、突飛な構造のものだけではない、「巻貝」ではロフト付きの一般的な1DKの部屋での物語だ。「ふたごの家」では、ふたごの息子のために2部屋の離れを作る話であり、単純な構造の部屋だがそこでふたごが暮らす中で、それぞれの個性の違いが表れてくる様が面白い。
また、どの話にも間取りが関係していが、部屋の表現が巧みで、自然と伝わってくる部分に著者の技量を感じる。まるで我々が実際に部屋を訪れた時の目線を予想しているかのように、映像的に部屋の構造を表している。
我々の住まいには必ず間取りが存在している。
その間取りを改めて見返し、この部屋の前の住人はどんな生活をしていたのか。別の家族が住んでいたら。など、妄想の世界へ思いを馳せたくなる1冊だ。
敬称略