■書名:妄想銀行
■著者:星新一
■出版:新潮社
■定価:550円+税
星新一は、生涯にわたって1,000編以上のショートショート作品を発表した。
『妄想銀行』も32編のショートショート集である。
その中の1編「住宅問題」は、高層アパートが舞台だ。
エヌ氏はその1部屋に無料で住んでいる。
「ドアで鍵をまわす音がした。エヌ氏が勤めを終え、帰宅したのだ。(略)静まり返っていた部屋が、声を出して出迎えた。<おかえりなさいませ。さぞお疲れでございましょう。プーポ印のワインを買ってお帰りでしょうか。ワインはプーポ印に限ります。舌からのどへかけて、素晴らしい感触で刺激し、それとともに、夢の様な酔心地へとあなたをおさそいいたします……>」
このように、部屋では様々な広告やコマーシャルが住民の生活にあわせて流れるようになっており、そのスポンサー料によってまかなわれているため、無料なのだ。
ソファーに座ると、静かな音楽とともに果物の缶詰のコマーシャル・フィルムが流れ、窓時の外を見ようにも、広告の絵や文字がリズムに乗って動いている。トイレで用を足しているときでさえ<石鹸は……。便通のぐあいは、いかがでございましょう……。新しく作られた回虫検出剤の作用は……。ラーリ製薬では……>といった具合だ。
本作は、広告神話へのエスプリを効かせた誇張話のようだ。しかし、考えてみれば現実世界の我々の周りでも、実際にあらゆる広告が溢れかえっているではないか。2006年の読売新聞広告研究室の発表では、「1人が1日で見る広告の数は3000」という結果が出ている。スマホやタブレットといったデバイスが発達した現在では、おそらくそれ以上だろう(あるセミナーでは、1日3万もの広告を見ていると言っていた)。
最近では、新聞・TV・雑誌といったマスメディアのCMだけではなく、スマホやパソコンで、アクセスしたページなどからユーザーの世代やジャンルを特定し、その嗜好に合った広告を配信することも可能になっている。これはまさに「住宅問題」における、住民の生活に合わせたコマーシャル戦略と変わらない。
また驚くことに、本書が刊行されたのは今から50年前の1967年だということだ。広告がこれほどまでに力を持つことや、広告が身近なものになっている50年後の世界を、星新一は予想していたのだろうか。
そのほかにも、鬱々とした人生を送っていた男がある日カギを拾い、そのカギが何の鍵であるかを探す「鍵」や、妄想を吸い出す装置を発明したエフ博士が、その妄想を使って商売をする表題作「妄想銀行」など、どの作品も決して古さを感じさせない。
あとがきにおいて、自身もショートショート作家だった都筑道夫は「小説はしばしば、描写の部分から、腐りはじめる。しかし、星さんの作品は、十年まえのものを読んでも少しも古さを感じさせません。」と語っている。
星新一の作品は、ときに残酷なストーリーや、ときにはっとさせられる作品が沢山ある。しかし、どんどんと読み進めることができるのは、巧妙に計算させられた軽い文体のためだ。
それこそ、テレビで流れるCMを見ているような感覚で読むことができる一冊だ。
敬称略