■書名:ししりばの家
■著者:澤村伊智
■出版:KADOKAWA
■定価:1,600円+税
恐い家がある。
子供の頃、親戚が住む広い屋敷に行ったとき、廊下の突き当りにある暗い座敷部屋が怖かった。実家の日本人形が飾られている部屋も苦手だった。友達の家の、おばあさんの部屋から時々漏れてくるしわがれた声が怖かった。恐い家で家族が平然と暮らしているのが、いちばん不気味で恐かった。
誰にでも、「不気味さ」「恐怖」を感じる家や部屋というのがあるのではないだろうか。
生活を成り立たせてくれるのは家があるからだ。住民は雨風を防ぎ、安心して就寝する。自分を、家族を守ってくれる家。だからこそ、閉鎖的で、他人をどこか不安にさせる環境も作り上げているのだ。
澤村伊智著『ししりばの家』は、家を舞台装置にして「恐怖」を表現した小説だ。
夫の転勤によって神戸から東京に移ってきた果歩は、引越しを期にそれまで働いていた映像関係の仕事を辞め、専業主婦として生活していた。
ある日、果歩は小中学生時代の同級生である平岩敏明と再会する。平岩も既に結婚しており、果歩たちと同じく西武新宿線沿線に一軒家を購入し住んでいることが分かった。専業主婦になり、繰り返す毎日に飽き飽きしていた果歩は、平岩の家に遊びに行く約束をする。
そしてある日曜日、果歩は平岩の家を訪れた。
内装は綺麗にリフォームされており、明るく幸せそうな空気が満ちていた。一点だけ、家のいたるところにうっすらと積もっている茶色い砂をのぞけば…。
家中に堆積した砂は言い現れない不安を掻き立てる。足の裏で踏みしめる砂の描写にも、家でおかしな起こっていることを読者に伝えている。
「カタカタとベランダで音が鳴っていた。あれは仕舞い忘れたハンガーに決まっている。勇大の寝室でパタンと音がした。きっと本が倒れただけに決まっている。玄関の方できしむような音がしたのは気のせいに決まっている。浴室でパンッと音が篠は湿度の微妙な変化か何かの影響で、ドアにわずかな姿見ができたせいだ。科学的なことは分からないけれど絶対にそうだ。そうに決まっている。」
果歩が、平岩の家である体験をした後で、自宅に帰ってから様々な事象に疑心暗鬼になるシーンだ。ホラー番組や怖い小説を読んだ後など、我々でも時折こういった些細なことにびくびくすることがある。こういったシーンはとてもリアリティがある。
帰るべき場所で怪異現象が起きるということに、「逃げ場がなくなる」追い詰められるような恐怖があるのかもしれない。
「ししりば」が何なのか。果歩や平岩たちがどうなってしまうのかは、本書で確認してもらいたい。
家や住まいへの恐怖や不安と、砂の感覚が本を持つ手から伝わってくる。夏にふさわしい一冊かもしれない。