
■書名:実録 水漏れマンション 殺人事件
■著者:久川涼子
■出版:新潮社
■定価:1,200円+税
マンションでの近隣トラブルや、ときに起こる物騒な事件を、我々は報道で知ることがある。しかしその後、事件の現場や周りの部屋がどうなったのかを知る機会はなかなかない。『実録 水漏れマンション 殺人事件』は、報道では語られない、その後に住民が直面する「弩級の災難」を描いている。
著者が所有し賃貸していた分譲マンションで水漏れ事故が起こったと、不動産管理会社から連絡がくることから災禍は始まる。原因は上階で起きた殺人事件だ。アメリカに住む著者は、たまたま日本へ里帰りしていたタイミングにその事故に遭遇する。
そこから降り掛かる災難は、賃借人の退去費用や巨額な内装復旧工事費、工事業者の水増し請求、保険会社の補償金の出し渋り、不動産会社との売却交渉、殺人加害者への損害賠償裁判など怒涛のごとく押し寄せてくる。
文章は軽い語り口のエッセイ調で書かれているが、内容は骨太のノンフィクションだ。
著者は一人で、次々と出てくる問題にとことんまで立ち向かう。保険会社との状況確認では、少しでも補償金をもらえるように床まで剥がして状況を見せ、不動産会社との交渉においては複数の会社に依頼し妥協せずに比較する。最終的に上階の加害者(殺人犯でもある!)との裁判は何年にも及んだ。
本書では、著者が体験した一連の出来事を「エアスポット案件」と表現している。
著者が殺人事件の直接の被害者ではなく、部屋も現場ではないために保証される制度がなく、すべてを自力で解決していかざるを得ないからだ。
なかでも印象深いのは、内装工事会社とのやりとりだ。
事件直後から、内装復旧のために工事会社の担当者との現場点検や見積書の打ち合わせを重ねる。はじめは慇懃な態度の担当者だったが、見積書を巡って不都合なことが発覚するなり「声のトーンもさっきとは打って変わって、ほとんど恫喝口調になっている。驚くべき豹変、これが(略)正体だったのか!」と水増し請求をしていたことが発覚するのだ。知識のない消費者を食いものにする悪徳リフォーム業者の手口が明らかにされる。人の不幸につけ込む慈悲もない様子には、思わず眉をひそめてしまう。
読後。もし、自分が同じ状況に遭遇した場合、著者のように対処することはできるだろうか、と考えた。マンションや集合住宅に住んでいる身であるなら、こういった事態に巻き込まれる可能性はないとは言いきれない。しかし、ここまで徹底的に問題と向き合うことはできないだろう。本書に書かれている通りだが、著者が補償を勝ち取れたのは、途方もない労力と時間をかけただけでなく、協力者があったからに他ならない。ほとんどの人は泣き寝入りするしかないのだろう。
著者をここまで突き動かしたのは、真実を知ろうとするジャーナリズムがあったからではないだろうか。ときに感情的で、ときに四苦八苦し、ときにもがき苦しみながら書き上げられた本書は、単純な不動産ハウ・トゥー本の範疇に収まらない作品だ。